歌舞伎座 『團菊祭五月大歌舞伎』 (昼の部 2)

『毛抜(けぬき)』。名前のごとく、<毛抜き>が重要な働きをするのである。観たらな~だとおもってしまうが、江戸時代の人は現代の『ガリレオ』の湯川博士の科学的根拠による解明と思って楽しんだのかもしれない。湯川博士ならぬ粂寺弾正(くめでらだんじょう)は、これまたド派手の衣装で花道から現れる。このかた、芝居の途中で~くめちゃんは~と書きたくなるような愛嬌をみせる。

小野家のお姫様が文屋家の若君と婚約しているのが病気のため輿入れが延びている。そこで文屋家の家来・粂寺弾正が催促の使者となり小野家に乗り込むのである。歌舞伎の衣装は派手目が多いがこの衣装も凄い。馬子にも衣装ではなく、まずは衣装に負けない大きさが大事である。左團次さんは似合っていた。こちらはピカピカのグリーン系の模様裃であるが、他の写真で團十郎さんは黒地に赤の火焔模様の裃、着物は黒地に銀の衣装である。推理が解けても、再演されれば、役者さんの芸や衣装など、また新たな目が動く。

お姫様の病気は髪の毛が逆立ってしまうという奇病である。一人になった弾正は考える。考えつつ、毛抜きを取り出して、髭を抜くのである。その毛抜きが超大きいのである。後ろのお客にも見えるように。置いた毛抜きがひとりでに立つのである。大きくないとインパクトが無い。映像のアップである。鉄の物が立ちあがる。姫君の美しく結い上げられた髷には、鉄製の華やか笄(こうがい)が。これは、櫛、かんざしなら日によって変えるかもしれないが、笄は髷を結うための飾り道具である。上手く考えている。弾正はこの笄を取る。すると髪の毛の逆立ちも静まるのである。曲者は天井にあり。弾正の手により、曲者は天井から落ちてくる。大きな磁石を抱えて。全て、小野家の悪家老の仕業であった。弾正は悪家老の首をはね一見落着である。

<くめちゃん>と言いたくなるのは、一人のとき、お茶やたばこを運んでくる、美しい若衆や腰元に戯れをするのである。そして振られては、「面目次第もござりません」と客席に振るのである。左團次さんは声の質から、低音であるが、團十郎さんはこのあたり、高音であったなあと思い出す。最後の花道でも、これで無事役目が済みましたと客席に挨拶する。左團次さんは、襲名口上などで、緊張を和らげる可笑しな話を盛り込んで楽しませてくれるが、役になると、これが可笑しみのあるところでも、客に媚びた崩しかたはしない。形破りではないのでる。この磁石には、江戸の人は凄いと思ったであろう。科学に弱い者は、湯川博士を凄いと思うのであるから。

この楽しい演目が終わると重い『勧進帳』である。ただ歌舞伎の場合、重さの中にも、軽さを入れている。ただ軽いというのではなく、そのことによって、その役の大きさを現す手段である。たとえば、弁慶がお酒を振る舞われて昔の秘め事を話しつつ、豪快に飲む場面などである。そして、酔いに任せ延年の舞となる。機嫌よく舞っていると思いきや、舞いつつ早くこの場を立ち去れと四天王に合図するあたりで、弁慶は油断させていたのかと、弁慶の大きさを感じるのである。花道の上げ幕が上がる前、『勧進帳』の緊張感は、大鼓や笛によって強調され、他の演目にない静寂である。この出は役者さんの緊張も大きいことであろう。ただ能と違い歌舞伎には三味線がつく。その軽快さが、能とは違う楽しみがある。

今回、花道で安宅の関にさしかかり、どうしたものかと思案するところで、弁慶が義経達に、私にお任せ下さいという科白が耳に残った。色々な思いがあり、新たな團菊祭としての響きと重なった。。

弁慶と義経の並々ならぬ主従関係に目をつむる富樫によって救われたあと、義経が自分の運命に嘆くとき、弁慶が長唄に乗り戦話をする。 「鎧にそいし袖まくら片敷くひまも波の上。或る時は船に浮かび、風波に身をまかせ、又或る時は山背の馬蹄も見えぬ雪の中に海少し有り、夕波の立ちくる音や須磨明石。」 今回はこの場面がで義経一行がどれだけ頼朝のために戦ってきたのかが想像が広がった。ここは新たに、追われる身でも自分たちは武士(もののふ)であるという誇りと結束を確認する場面でもあったのだと気が付く。

そのつど、心に呼びかける強弱の場面が違うのも、生の舞台の面白さである。そのきかっけとして しまなみ海道  四国旅(7) での義経の奉納した刀を思い出したからでもある。瀬戸内海に漂う船、馬、鎧、翻る旗、太刀、飛び交う矢などが、戦話を観ていてうごめいたのである。

あらゆる想いが安宅の関で凝縮され、無事通ることが出来る。捕らえられるべき富樫によって凝縮された時間を与えられるのである。姿なき富樫に弁慶は頭を下げ花道から飛び六法での引っ込みとなるわけである。

『毛抜』 左團次、権十郎、松江、梅枝、巳之助、廣松、男寅、秀調、団蔵、友右衛門

『勧進帳』 弁慶(海老蔵)、富樫(菊之助)、四天王(亀三郎、亀寿、萬太郎、市蔵)、義経(芝雀)

 

 

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