岡本喜八監督映画雑感

岡本喜八監督特集の中に、テレビドラマの上映も入っていた。『幽霊列車』『着ながし奉行』『昭和怪盗傳』『遊撃戦』で、『着ながし奉行』と『昭和怪盗傳』を見た。『着ながし奉行』は、後に市川崑監督によって、『どら平太』として映画化されている。『どら平太』は見ていて面白かったという印象はあるが、全体像が思い出せないまま、『着ながし奉行』を見る。さすが岡本監督テンポが良い。そして、仲代さんの奉行はある藩に着任するのだが、奉行所には出仕せず、濠外の悪所に遊び人として出仕するのである。

濠外へ遊び人として橋を渡るときの仲代さんの身体のリズムが実に良いのである。あらよ!とっとという感じでまさに着流しの遊び人の態である。何回か橋を渡るだんになると客席から笑いが起こる。遊び人への変身ぶりが上手いのである。そのリズム感に乗せられる。『どら平太』の役所広司さんの時はこのリズム感の記憶が出て来ない。『着ながし奉行』に、役所さんと益岡徹さんが出られてる。お奉行の着流し小平太にあっけにとられ、言葉の出ない表情が写された時はなんとも可笑しかった。お二人は、役どころの小平太と師匠の仲代さん両方に驚いているような形となった。そこまで岡本監督が読んだわけではなかろうが、時間が立ってみるとそんな構図も出来上がる結果となったのである。

濠外の顔役の小沢栄太郎さんに兄弟分の盃を交わすが、着流し小平太のほうは、宴席で余興に綱渡りの様子の芸を見せ、小沢さんにもやらせて参らせるという趣向で、どら平太は切り付けられての立ち回りの末、顔役の菅原文太さんに頭を下げさせる形と、この辺の違いも面白い。

菅原文太さん主演の『ダイナマイトどんどん』も面白かった。ヤクザに野球の試合で決着をつけさせるという設定で、文太さんに任侠物のほろ苦さとトラック野郎の三枚目とを同時に演じさせてしまうというサービスぶりである。アイデア満載でありテンポはいいが、上映時間が少し長かった。もう少し短縮して欲しかった。長すぎると面白いネタも新鮮味に欠ける。飽きが来る一歩手前で止めなくてはワクワク感のテンションが下がってしまう。

そのあとすぐ、テレビで『どら平太』を放送してくれて見直したら、役所さんの着流しのほうは、遊び人の態ではなく、やはり奉行がお忍びで偵察に行くと言う雰囲気であった。初めて『どら平太』を見た時は、その展開に驚き楽しんだが、岡本監督と比べると、市川監督のほうが理詰めで登場人物に語らせる。

江戸詰めの殿からのお墨付きも『どら平太』では最初に出してしまうが、岡本監督はいいだけ小平太を動きまわらせてから、白紙のものを読ませる。そして幕府からの隠密が入っていたらどうするかと脅す。これが脅しと思ったら、今日も出仕せずと粛々と記録していた珍しく穏やかな天野英世さんが隠密で、濠外の掃除もおわったあとで、「この藩には何も問題なし」というところが可笑しい。これは狙ってのことである。

その濠外と家老たち重臣とのパイプ役が『どら平太』では宇崎竜童さんで、どら平太の居る場で責任をとり切腹するが、『着ながし奉行』では、中谷一郎さんで、切腹したと字幕か、ナレーションだけで知らされる。

こういう娯楽痛快時代劇も、映像ではもうあまりお目にかかれない時代のようである。映画やテレビの主人公の解決で溜飲を下げるが、上の方のお金の流れの構造は昔から全く変わっていない。今は格好良いヒーローなぞ来ないから自分たちできちんと監視しなさいということか。『着ながし奉行』でなく『着服奉行』であり『金平太』である。

岡本監督の面白さは、役者さんの身体の動かせかたが上手いというか、引き出してしまうのであろうか。『ああ爆弾』などは、刑務所の収監部屋で、狂言で人間関係を語らせたり、映画の随所に歌舞伎、浪曲などが自然に繋がって流れて行く。それでいながら、宝塚出身の、越路吹雪さんには南無妙法蓮華経と団扇太鼓を叩かせるだけである。動けると思う人を動かしても面白くないということであろうか。

『ああ爆弾』の喜劇役者伊藤雄之助さんが、『侍』では、油断することのない周到な統率力の首領役で、あの大きな顔の存在感を示す。新納鶴千代の三船敏郎さんは年齢的に無理があるが、桜田門外での立ち回りシーンの映像は、岡本監督の時代劇の見せ所でもある。

岡本監督は、リアルさを押しつけず、編集の上手さからアッㇷ゚ダウンもあり、笑わせられるのが主流であるが、想像の空間にはきちんと印象づけるだけの材料も提供してくれる。

『日本のいちばん長い日』などは、様々の人々が戦争を終わらすかどうかの考えを指し示し、終わるということの難しさが伝わって来る。始めるよりも終わり方のほうが、ずーっと難しいものなのだということがわかる。そして、事実を知らされず、意識的に一つの方向に流される情報の力も妖怪である。

三船敏郎さんの陸軍大臣・阿南惟幾(あなみこれちか)が、責任を取り自決する。最後に部下に、<死ぬよりも生きることの方が辛いぞ。どんな国になっていくのか、俺にはそれは見れない。>と語る言葉が、今を照らす。実名の方々が多数出てくるが、出番が少なくとも一人一人の役割がきちんとしていて岡本監督の構成力を感じる。顔を出されないが、昭和天皇陛下が最後の決断をされ、玉音放送までもっていくのが大変だったことを知る。誰が演じられたか映画では判らなかったが、八代目松本幸四郎さんである。

1967年、<日本のいちばん長い日>を撮り終えたら、無性に<肉弾>を撮りたくなった。

どっちもいわば我が子であり、どっちにしても親としての責任はあったのだが、この兄弟、性格はまるっきり違っていて、<日本のいちばん~>は、当時の日本の中枢、つまりは雲の上の終戦ドキュメンタリーであり、<肉弾>は、戦争末期から敗戦にかけての、庶民も庶民、一番身近な庶民の、私自身の体験から起こしたフィクションだったからである。

 

庶民も庶民、まぎれもなきくたびれた庶民であるのに、<肉弾>は見逃してしまったのである。<日本のいちばん長い日>の鈴木貫太郎首相役の笠智衆さんが<肉弾>では、古本屋の爺さん役という予習はしてあるのであるが。肉木弾正にてドロン!

旅の前で、慌ただしく締めくくったが、『肉弾』については 水木洋子展講演会(恩地日出夫・星埜恵子) (1) での 恩地日出夫監督と岡本喜八監督のエピソードも再度紹介しておく。今回の旅先での<道成寺>で一枚の映画ポスターに岡本みね子さんの名前を発見。中村福助さん出演の『娘道成寺 蛇炎の恋』で総合プロデューサーをされていた。この映画も見逃がしている。残念である。

 

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