三越劇場 『満天の桜』

劇団民藝の公演である。津軽藩主二代目の時代の物語である。頼朝の鎌倉幕府は始めての武家政治で、戦って勝った者に土地を与えると云う事で統治していった。非常にわかりやす、力ある者が得るという世界である。徳川になってからは、もう戦って勝った者に土地を与える土地がない。ある土地を上手くまわすだけである。

お家騒動があればそれを理由にお取りつぶしとなり、継ぐ跡取りがいなければこれもお取りつぶしとなり、誰かに与えたりする。そんな時代である。芸洲、福島正則の養嗣子(ようしし・跡を継ぐ養子)正之に家康は姪の満天姫(まてんひめ)を養女とし、嫁がせる。満天姫は直秀をもうけるが、夫・正之は幽閉され獄死する。その後満天姫は実子の直秀を弟とし、津軽藩二代目藩主・津軽信枚に再嫁する。これも家康の北を統治する策略である。

信枚には石田三成の娘との間にもうけた信義がおり、満天姫は自分の子を津軽藩家老の養子とし信義を津軽家嫡男として育て夫亡き後は信義を三代目藩主とする。満天姫は葉縦院と名乗り津軽藩のために尽力するが、実子・直秀が福島家再興を言い出す。そんなことをお上に申し出れば津軽藩はお取りつぶしであり、直秀の命もなくなる。

満天姫の幼い頃から仕えた女中頭・松島は、家康近くに仕える南光坊天海が訪ねて来た事に重大さを察し、天海と話し合う。ここがこの芝居の一番のかなめである。直秀の命と引きかえにしか津軽藩と天下泰平は守れない。松島(奈良岡朋子)と南光坊天海(伊藤孝雄)の会談は緊迫感があり、どうしてもそうせざるおえないと納得させる空気に充ちている。

直秀の中には、母を姉としか呼べず、家老の養子である屈折から死をかけても主張しようとする何かが渦巻いているようである。静かにしていれば平穏に暮らせるという母の願いも聞き入れない。

ついに決断しなければならなくなる。直秀が桜が好きと思い松島は苦労して桜をやっと一本、十数年かけて花を咲かせる。直秀は桜を好きだと言ったのは姉(母)だと話す。松島は結果的に満天姫のために桜を育てていたのである。直秀亡き後満天姫は松島と口をきいてくれず、亡くなる。松島は城を去り、ひたすら城内に桜を植え続ける。

舞台は桜を植える年老いた松島の姿で始まりそして終わる。泰平の世になっても時代に翻弄される人々の物語である。子の命のみを考え生きてきたのにそれが叶わず、主人の安泰のみを考えていたのに深い溝を作ってしまう悲しさ。大義名分では埋め尽くせぬ悲しみである。桜のみがその心を知っている。

 

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