映画 『破戒』『乾いた花』『鋪道の囁き』(1)

今、映画館が呼応して面白い企画で映画を上映している。インドの映画からインド料理に眼がいったが、<第5回 東京ごはん映画祭>には、小津安二郎監督の『お茶漬』が入っているし、トニー・レオンとマギー・チャンの『花様年華』も入っている。美しく悩ましいマギー・チャンがペンキ入れのような入れ物に食事を調達していたのが妙に印象づけられたので、やったり!とほくそ笑んだ。『エル・ブリの秘密 世界一予約の取れないレストラン』は、やはり舞台裏が面白かった。その他、こういう映画があったのかと映画名をみているだけで楽しい。

神保町シアターが<生誕100年記念 宇野重吉と民芸の名優たち>で、宇野重吉さんが出演、監督した映画や民芸の名優といわれる方々の映画の特集である。その中に、池部良さんの青年教師丑松の『破戒』があった。名画座ギンレイホールは<名画座主義で行こう>として、『乾いた花』~加賀まりこさんのトークショー~『鋪道の囁き』の二本立てである。『鋪道の囁き』は、映画プロデューサーであった加賀まりこさんのお父上である加賀四郎さんが制作された映画である。神保町に行く前に神楽坂のギンレイホールで当日券を購入する。

映画 『乾いた花』 で、篠田監督が、池部さんが名監督たちに起用されてることをいわれていたが、その時から、木下恵介監督の『破戒』は観たいと思っていた。池部さんが、戦争から戻り両親の疎開先に居た時、高峰秀子さんと助監督だった市川崑監督が、阿部豊監督で『破戒』を撮るからと迎えに来た。再び映画に出ることに躊躇していた池部さんは、二人の熱心さから戦後映画復帰第一作のはずが、東宝争議のため撮影途中で中止となる。

そして、1947年木下監督のもと『破戒』が撮られる。お志保は、桂木洋子さん。丑松が敬愛する部落解放運動家・猪子に滝沢修さん。丑松の友人の土屋に宇野重吉さんである。宇野重吉さんのほうが、丑松に合いそうであるが宇野さんには、宇野さんの役目があった。木下監督は、部落問題をきちんと捉えつつも自然描写などは、千曲川の流れや、リンゴの樹などを写し、信州の美しさを抒情的に描いている。部落民ということがなければ、丑松もこの美しい風景のなかで子供たちと楽しい長い時間を過ごせたのである。撮影は楠田浩之、音楽が木下忠司である。映画の始まりから、琴の音が流れる。志保は家の事情で、丑松の下宿するお寺の養女となっていて、お寺のお嬢様として琴などたしなみ、その琴の音を効果音としても使っている。そして、お志保の心の動きもこの琴の音であらわされる。

お志保はが部落民の丑松について行く決心は、丑松に対する愛情も当然であるが、猪子の奥さんの生き方に共鳴し、その先達の姿に力を得てのことである。この映画では、友人の土屋と丑松の男のつながりのほうに重点が置かれている。この宇野重吉さんの土屋が、お仕着せがなく、悩む丑松を自分で立ち上がるまで待っていて、いざというときにここぞといい笑顔を見せる。池部さんは、役柄上俯き加減である。猪子先生を失ったあと、丑松は泣くだけ泣く。それに対し、宇野重吉さんは、心配したり、行動する丑松の脇にしっかりついていて、丑松が俺を認めてくれたと感じた時の土屋の笑顔は宇野さんならではの演技であり観ているこちらも勇気づけられる。丑松はきちんと部落民であることを認める、生徒たちにも伝える。池部さんの丑松に苦しみはあるが卑屈さはない。

千曲川を舟で猪子先生の奥さんとお志保と丑松は、東京に向かう。そこへ教え子たちが見送りに土手を駆けてくる。木下監督にとって千曲川は外せなかったようである。

市川崑監督の『破戒』も観直した。市川監督のほうがリアルである。風景も丑松の見る心の晴れない風景描写である。市川雷蔵さんの丑松の生徒たちに語るところはしみじみと語りかけ、部落民だということを隠していたことを土下座して謝る。どちらがどうというよりも、それぞれの映画であるとして観たほうがよいであろう。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です