国立劇場歌舞伎『通し狂言 伽羅先代萩』

『通し狂言 伽羅先代萩』は国立劇場である。仙台藩の伊逹騒動を題材としている歌舞伎であるが、有名なのは山本周五郎の『樅ノ木は残った』であるが、こちらは読んでおらず、伊達騒動となると歌舞伎の『先代萩』のほうしか頭にはないのである。

藩主の足利頼兼(あしかがよりかね)が放蕩にふけり隠居させられ、その子・鶴千代が跡取りとなるが、幼いゆえ伯父や執権仁木弾正がお家乗っ取りを計り、それをさせまいと乳人の政岡が孤軍奮闘し、政岡の子、千松が鶴千代の代わりに悪人側の献上の毒入りの菓子を食べ忠儀を尽くして亡くなる。最後は、鶴千代側の家臣の訴えが認められお家安泰となるのである。

一番の見せ場は、政岡と千松親子の忠儀の場、<足利家奥殿の場>である。足利家の悪人に加担している山名宗全の妻・栄御前が、鶴千代が食が進まないとのことで、菓子をもって訪ねてくる。いつ毒をもられるか判らないので、政岡は自分が作った食事以外は鶴千代の口には一切入れさせない。しかしせっかく持参してくれた菓子を辞退辞退することは出来ない。その時、言い聞かせられていた息子の千松が毒見係りとして菓子を食し苦しみだす。悪事をばれるのを恐れ、八汐は、不届き者として千松を殺すのである。

この場の政岡は藤十郎さんで、いつものしどころと違っていた。ことの急変に政岡はすぐ、鶴千代を打掛の中に入れ守るのであるが、鶴千代を他の部屋に写し、奥殿の柱で身体を支え我が子の最後を見届けるかたちをとられた。観ていてこれは、鶴千代を守りつつ見ているよりも政岡にとっては辛さが違うように思えた。この幼き主君を守るのだという気持ちの拠りどころが薄れ母としての気持ちが出てしまうのではないか。しかし、藤十郎さんはそんなこちらの気持ちを跳ね除けるほどの、耐え方をされ、それをじっと見ていた栄御前の東蔵さんが、今殺されたのが、実は政岡の自分の子千松ではなく鶴千代君で政岡は自分たちの仲間と思い込むのである。自分の子が殺されるのを目の前にして、あんなに耐えられないとの解釈で栄御前は政岡に連判状を渡してしまう。驚く政岡。

栄御前を送った花道での政岡の心の内の推し量れないほどの深さが凄かった。そしてことの成り行きからか、藤十郎さんは懐剣の袋をきちんと被せず紐を巻き、その後皆が去り、千松と二人きりになり母の気持ちとなって千松を褒め讃え、悲しみを現すときも、その懐剣袋の乱れと紐の乱れが、母親の気持ちを表し強い印象を残した。赤の袱紗を、息絶えた千松の首にかけてやるのを、今回初めて気がついた。八汐に抉られた傷口を隠したのであろう。今更ながら見落としていることが沢山ある。今思うに政岡の着物の赤が、派手な赤ではなく、不思議にもっと落ち着いた赤に捉えていたようで、やはり、藤十郎さんの芸のなせる力であろう。

善人と悪人が判り易かった。先ず出の頼兼の梅玉さんの伽羅の下駄の足さばきには恐れ入った。あの下駄が香りの良い伽羅なのだと思って見ていたら、その足さばきに見惚れたのである。足だけが動いているわけではない。身体の使い方が、足の下駄までをも美しく見せていると言うことである。騒動の原因となった藩主は、自分の美意識をきちんと持っていた人なのかもしれないと思わせられる頼兼であった。

善人のほうは、政岡の扇雀さん(竹の間の場)。冲の井の孝太郎さん。松島の亀鶴さん。相撲取りの松江さん。男之助と渡辺外記の彌十郎さん、細川勝元の梅玉さん(二役)。

悪人は、八汐の翫雀さん、大江鬼貫の亀蔵さん、黒沢官蔵の松之助さん、忍び者の橘太郎さん、山名宗全の市蔵さん、女医者の秀調さん、仁木弾正の橋之助さん。

竹の間の扇雀さんの政岡は一歩も譲らぬつよさがあり、孝太郎さんが気持ち良いくらい八汐をやり込めて政岡を助けてくれる。松島の亀鶴さんも静かに控えているが身体が大きく、翫雀さんの八汐は三対一で、企みが裏目裏目になるのでもう少しにくにくしさと貫禄で押して欲しい。翫雀さんの頑張りどころであるが、こちらの考えている八汐とは違う八汐を考えられているのかもしれない。翫雀さんは上方歌舞伎を意識されているようで、江戸と上方がまだよく分からない。松江さんは近頃、様々な役に挑戦されている。橋之助さんの仁木弾正は、花道すっぽんからの出と引っ込みまで、不敵なかすかな笑いに悪があっていい。

政岡の連判状を盗み、そこから大詰めの対決と刀傷の場は、適材適所で、女だけの場から、男だけの場へと上手く気分を変えてくれた。若手の国生さん、虎之助さん、新悟さん、梅丸さんも行儀よく勤められた。最近とみに、脇役の役者さん達の台詞が聞きやすく、芝居の内容を知るうえで重要なので助かる。幕開きから耳を澄まして聞いていると、これからの芝居登場人物の様子や、事の成り行きなどを語ってくれているのである。これからも宜しくお願いしたい。

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