映画館「銀座シネパトス」有終の美 (1) 「東京の暴れん坊」「銀座旋風児」

銀座三原橋下の映画館「銀座シネパトス」が3月31日の閉館に向けて走りはじめている。

歌舞伎座の近くで、新しい歌舞伎座は全貌を現している。一幕見席も残るようで一安心と思っていたのに開場を前に何と多くの別れが押し寄せてきたことか。

「銀座シネパトス」との別れも近づいている。ただこの場合は別れの時間が設定されている。心に残る沢山の映画に遭遇させてもらった。

最後は銀座を舞台にした映画を、そして「銀幕の銀座」の著者・川本三郎さんを呼んで欲しいと希望を出したところ、映画館のスタッフと考えが一致したのか、あるいはその企画が元々あったのか希望が叶った。『~ 映画でよみがえる昭和 ~ 銀幕の銀座 懐かしの銀座とスターたち』 嬉しいような淋しいような。後戻りはないから様々に味わい別れを迎える事とする。

川本三郎さんは17日、和泉雅子さんとのトークショーに出られる。和泉さんは銀座生まれで、住まいが銀座と北海道にあり、行ったり来たりされてるようなので、どんな銀座の話が出てくるのであろうか。和泉さんは歌舞伎はどうだったのであろうか。トークショーは指定席でチケットぴあ等で前売り販売しているらしい。同時上映「二人の銀座」「東京は恋する」である。

先ずは「東京の暴れん坊」と「銀座旋風児」を観て来た。1960年と1959年の銀座である。当時日活は青春映画が多く作られたので、調布の日活撮影所には「銀座の永久(パーマネント)オープン」と呼ばれるセットが作られていたそうで自動車も入れるくらいだから大きい(「銀幕の銀座」)。映画を観て本当に大きいセットだったと思う。

日活映画100年・日本映画100年 で東京国立近代美術館フィルムセンターの展示室の事を書いたがこの「銀座永久オープンセット」の模型があった事は書かなかったようで、あの模型がこのように使われたのかと実物大がわかった。このセットと実写の組み合わせが上手くつながっている。「東京の暴れん坊」の方は観ていなかったのでこちらの方が楽しめた。どちらも小林旭さんと浅丘ルリ子さんのコンビだが、「東京の暴れん坊」の方が浅丘さんが生き生きとしていて、台詞も旭さんさんより上手い。

「東京の暴れん坊」は、今は無きお風呂屋さん「松の湯」でロケしていて、「松の湯」の内部の鏡などレトロで錆びが見えたりしてセットでは味わえない楽しさがある。でもセットのレストランの改修工事の場面で左官の職人をじっと見ていたらきちんと壁ぬりをしていた。こういう場面は美術のスタッフがでるのであろうか。話の内容は単純であるから筋と関係無いところにも目がいってしまうが、娯楽映画の楽しさの一つでもある。浅丘さんの衣裳も素敵で可愛らしく、これも森英恵さんのデザインかなと思ったりする。森さんはこの頃映画の衣裳を沢山担当していた。ウエストが細いから、あの動くとふわふわゆれるフレアースカートがキュートである。

「銀座旋風児」での殺人現場三吉橋はすでに現場検証済み。三股に別れた橋で中央区役所前にある橋である。「女が階段を上る時」「セクシー地帯」にも出てくるらしい。「女が階段を上る時」は観ているが場面が思い出せない。それから、今も銀座に残る銭湯「金春湯」には実地体験してきた。

映画は下町の風とモダンの風が漂う時代である。それにしても服部時計店(和光)は映画に登場する回数は建物として王者ではなかろうか。政界ものは国会であろうが、銀座の映画の代名詞はあの時計かもしれない。

「東京の暴れん坊」の監督は斉藤武一、助監督が神代辰巳。「銀座旋風児」の監督は野口博志、助監督は「東京は恋する」の監督・柳瀬観である。

追記: 『銀座同窓会』(高田文夫編著)の中で高田文夫さんと大瀧詠一さんが対談しています。大瀧さんは<あぁマイトガイ!>と小林旭さんの映画を熱く語ります。ところが驚いたことに大瀧さんが成瀬巳喜男監督の映画が好きであるということを後に知りました。

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