映画館「銀座シネパトス」有終の美 (10) 「秋立ちぬ」「ロマンス娘」

映画館「銀座シネパトス」も2013年3月31日、今日で閉館である。ここでの最後の映画が成瀬巳喜男監督の「秋立ちぬ」と、杉江敏男監督の三人娘(美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみ)の「ロマンス娘」となった。

「秋立ちぬ」 (1960年)

監督・成瀬巳喜男/脚本・笠原良三/出演・大澤健三郎、乙羽信子、一木双葉、藤間紫、藤原鎌足、夏木陽介、加東大介、賀原夏子

子どもの世界に大人の世界が微妙に影を落とし、その影ははっきりとした姿を現さないが子ども達は自分達の感じるままに受け入れ、それぞれの旅立ちをひと夏を通して経験する。見たいと思っていた映画なので、最後に銀座シネパトスで観られたことは幸せであった。

父の死 により少年(大澤健三郎)は母(乙羽信子)と二人で信州から東京の銀座の地下鉄駅の地上に立つ。母の兄(藤原鎌足)を頼り、新富町あたりの叔父の八百屋へ落ち着く。途中新富橋で少年は日本舞踊のお稽古帰りの少女に出会う。少年にとって昼間から着物を着ている少女は物珍しく印象を強くする。八百屋を生活空間(茶の間)からお店を映す手法はよく使われるが、成瀬監督はその狭い空間から市井の人々の生活や町の変化を捉えるのが非常に上手い方である。少年の母はすでに自分の住み込む仕事場を見つけていて少年は一人叔父の八百屋に取り残される。叔父の息子(夏木陽介)が少年の心を引き立ててくれるが、偶然にも橋の上で会った少女が母の働き先の旅館の娘であり、彼女が彼の満たされぬ感情と共鳴する相手となる。少女の母(藤間紫)は二号さんで、父にお嫁さんが二人いることを知っている。知ってはいるがはっきりした事実関係は解からない。そのため自分の境遇を少年に話す。少年も聞きつつ実態は解からない。少年の母が旅館のお客と駆け落ちしていなくなる。少女は<中年女が男に狂うと子どもを捨てるほど怖い>と大人が話していたことを伝える。少年は次々起こる事態になすすべも無い。ただ少女の言葉は少年に棘となっては刺さってこない。

少年は山の中で育っているので海が見たいという。少女は松坂屋デパートの屋上へ連れて行きあれが海だと教える。少年はがっかりする。少女は父が帰ってきて楽しいはずが本宅の子と会う事となる。少女は次第に自分の居る場所の不確かさを感じ始める。少女は本当の海を見に行こうと少年を誘いタクシーで晴海埠頭に行く。少女にとっても少年にとっても本物の海を見る事によって何かが変わるような、気持ちの空白を埋めてくれるような気持ちなのかもしれない。しかし海は埋め立てられ少年の想像していた海ではない。少女はここでも現実的なことをいう。ここは埋め立てられてアパートが立つのよ。少女のほうが確かではないが現実が見えている。このことは少女が旅館を去る上で悲しいが、この現実感で乗りきって欲しいと微かに期待するところである。

少年は信州からカブト虫をつれてきた。少女がカブト虫を夏休みの宿題として学校に持っていくためデパートで買うと言う。少年は自分のカブト虫を貸すから買うなという。ところが少年のカブト虫は逃げてしまう。従兄弟が2回目のカブト虫探しを止めにして遊びにいってしまう。そこへ少年の田舎のおばあちゃんからりんごが届く。その中からカブト虫が飛び出す。この展開は素晴らしい。少年は喜び勇んで少女の家に向かう。しかし、少女は引越をしてしまっていた。少女の父が旅館を売ってしまったのである。少年は少女と会った橋の欄干にカブト虫を乗せる。

沢山の複雑な気持ちを子どもを通して感じることになる。少女の正直な疑問の言葉が時には可笑しさを誘うのは、大人の複雑さがもっと単純な欲からきていることの証であろうか。そんな大人の影を受けつつ二人は影を逃れ自分達の世界を夏休みに作り上げたのである。

「ロマンス娘」 (1956年)

監督・杉江敏男/脚本・井出敏郎・長谷川公之/出演・美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみ

三人娘の娯楽歌謡映画である。カラーであるが非常に映像が変色していてDVDで観ているので帰ろうかと思ったが音の迫力が違うので最後まで観てしまった。三人が宝塚劇場で三人のショーを観る場面がある。そのショーの映像はこの三人娘がその後には現れることのないエンターテイナーであることがよく解かる。特に美空ひばりさんの「やくざ若衆祭り唄」は歌も動きもこのリズム感は何処から来るのであろうかと見惚れてしまう。江利チエミさんのミュージカルも観たかったなあと思う。

多種多様の映画を上映してくれ本当に有難うございました。

<銀座シネパトスに乾杯!>

追記:  成瀬巳喜男監督作品を好んだ大瀧詠一さんは、「秋立ちぬ」と「銀座化粧」のロケ地をしっかり調べたようである。(「成瀬巳喜男 映画の面影」川本三郎著)

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