新橋演舞場『喜劇 有頂天団地』・ 劇団民藝『浅草物語』

  • 新橋演舞場『喜劇 有頂天団地』は、渡辺えりさんとキムラ緑子さんのコンビ「有頂天シリーズ」の第三弾である。自分の家を持つのが最大のステータスの時代背景(昭和50年代初め)。榎本健一さんの『私の青空』がピッタリコン。小幡欣治さんの『隣人戦争』を、「有頂天シリーズ」ゆえに『有頂天団地』にかえている。小幡欣治さんは浅草生まれで、それとエノケンさんをかぶせ、さらに歌の歌詞をかぶせ、本当に歌詞どおりなのと喜劇にもっていく。さらっと重ねているところが妙手。

 

  • 夕暮れに あおぎ見る かがやく青空 日が暮れて たどるは 我が家の細道 せまいながらも 楽しい我家 愛の日影のさすところ 恋しい家こそ 私の青空

 

  • 軽く踊ってタイトルを出すのも「これ喜劇ですから御気軽に オホホホホ~ホホ」である。歴史ある?住宅街に、安普請の建売り住宅6棟の住人が悪戦苦闘して見栄を張りながらも、新たな絆を築いていく。演技過剰の動きも庶民の細やかな幸福を何んとか守ろうとする愛すべき住人として功を奏している。中途半端だとかえって今の時代しらけてしまう。よくしゃべり、よく動く。

 

  • 新参者に古参の住人が少しお話がありますと登場する。鷲尾真知子さんの古参がいい。きゅっと締める。認知症のおじいちゃんが授業参観の名目で小学校に通っている。認知症があるのかないのかその境目のない隅田家のおじいちゃんの笹野高史さん。嫁の隅田秀子の渡辺えりさんのど~んとしたところが舅問題も問題なし。お隣の徳永家のお婆ちゃんは口も身体も元気なので嫁のくに子のキムラ緑子さんはアタフタするがそれ以上に動きっぱなしで姑の広岡由里子さんも負けてはいられない。結果的に老人には優しい有頂天団地で、めでたし、めでたし・・・? 老人問題よりもマダム問題・・・?

 

  • 歴史は繰りかえされる。人間はやはり浅はかでした。のど元過ぎればなんとやらで・・・。疑いもなく同じことを。新しい環境で新しい絆をと目指したが・・・。根底には現実はそう簡単に有頂天には解決されないことは分かっているが、ひとまず喜劇の方向からせめてみましょうよである。第二弾『喜劇 有頂天一座』は山場に入るまでが長くへきえきしたが、今回はコロコロと転がってくれたので助かった。近日、小幡欣治さんの『隣人戦争』を読む予定。長い台詞を読むのが楽しみである。(新橋演舞場 12月22日まで)

 

  • 作・小幡欣治『隣人戦争』より/演出・マギー/出演・渡辺えり、キムラ緑子、笹野高史、鷲尾真知子、広岡由里子、西尾まり、久世星佳、明星真由美、田中美央、片山陽加、一色采子 etc

 

  • 小幡欣治さんの喜劇の後は悲劇とする。『浅草物語』は、設定は悲劇なのであるが、そこに何とも言えない暖かい血が通う。「生まれた土地や家のことを書くのは、なんとも面映ゆいもので、今まで意識的に避けてきたが、戦い前の下町を知る人が殆どいなくなってきたことも考えて、照れながら芝居にまとめた。私にとっては、初めての浅草ものである。」

 

  • 小幡欣治さんは、1995年からは民藝に新作を提供している。『熊楠の家』『根岸庵律女』『かの子かんのん』『明石原人』『浅草物語』『喜劇の殿さん』『坐魚荘の人びと』『神戸北ホテル』。『かの子かんのん』『明石原人』は観ていないが今回脚本を読むことにした。どれも秀作である。『喜劇の殿さん』はロッパさんを主人公にしていて、どうしてエノケンさんじゃなくてロッパさんなのですかと聞かれ、小幡さんは答えている。エノケンは不遇のときもあったが晩年に光があたり、ロッパは最後は本当に気の毒な生涯だったから、最後のロッパ独特の魅力に光を当ててみたかったと。脇にいる人に照明を当てている。『隣人戦争』も広い家の一角に出来たシンコ細工のような狭い家の住人にスポットライトを当てたのもそういうことなのであろう。

 

  • 浅草物語』は、2008年に実際の舞台も観ているしテレビでも中継録画を放映してくれたので今回見直して、浅草の瓢箪池がまだ残っている1937年(昭和12年)のことで一層涙を誘われた。あらすじとしては、酒屋の大旦那・市之進が今は三ノ輪で一人暮らしをしていて、浅草千束町の裏通り十二階下と呼ばれる場所でカフェーを開いている女性・りんに惚れて一緒になりたいとおもうが、家族の反対、りんの気持ちなどがからんで、最後は少し光がさすというところでおわる。

 

  • 市之進の長女・くみは浅草聖天町(しょうてんちょう)の大浦ふとん店の女主人で店には、父の事で兄と妹たちが集まっている。父の面倒を見てくれるならと喜んでいたが、もと吉原に勤めていたとあって話は違ってくる。くみはりんの店を訪ね別れてくれという。りんは41才で市之進は還暦を過ぎていて、ただの大家と店子の関係だという。りんは吉原で好きな男の子供を産んでおり当然すぐに里子に出された。その役目を引き受けたのが箱屋の伝吉(ハコ伝)であった。

 

  • りんはその後身請けされ結婚するが、新潟にいる息子に会いたくて会いにいく。農家にもらわれたという子は鍛冶屋に売られていた。その親からそれ相当のお金をと言われどうすることもできず帰ってくるが夫は居なくなっていた。りんは再び浅草でカフェーを開くまでになる。ハコ伝に頼んで息子に送金していたが、息子が結婚するから出席してほしいと伝えてくる。りんは自分が廓にいたことを恥てそれを断る。

 

  • りんは廓から逃げた娘を助けて田舎に帰すが、娘は田舎に帰らず客引きをしていて、警察でりんの店でも客をとったとウソをいう。そのため店は営業停止となりりんはお酒をあおる。そこへ息子が赤紙が来たため一目会いたいと訪ねて来る。りんは会おうとするが自分の酔った姿を見せるのが嫌でカギをかけ電気を消す。息子は訪ねてきた母のことを覚えていて、母の昔のことなど気にかけていないという。その息子の声を聞きつつりんは耐える。息子は帰っていく。

 

  • 瓢箪池の中之島の藤棚のベンチに市之進が座っていて、木馬館のジンタが聞こえる。りんが現れ、息子に会いに新潟に行くことを告げる。「私、一生会えなくてもいいから、戦争になんかに行かずに、お嫁さんとしあわせに暮らしてくれたら、どんなにいいかと・・・でも、そういう訳にいかなくなっちゃった。」市之進は帰ってきたら一緒に住もうという。市之進も宿場の飯盛女の子で里子に出され、たらい回しされてやっと酒屋の小僧になったのである。子供たちはそれを知らない。市之進は上野までりんを送るという。足元があぶないと、りんは市之進を杖につかまらせひっぱるのであった。

 

  • 市之進の大滝秀治さんとりんの奈良岡朋子さんのやりとりが絶妙である。必死になって商売にかける女が、市之進が息子と同じように里子に出されたことを知って市之進の人間性を見るようになる。市之進は時にはべらめえ調でありながら自分の生い立ちについては淡々と語る。りんは長女・くみの日色ともゑさんともぽんぽん言い合うが、嫌味には響かないのが不思議だ。駆け引きのない言葉のキャッチボールだからであろう。喜劇でも悲劇でも、その人の隠れた部分の出し方が台詞によって喜劇になったり悲劇であったりする。ただ悲劇で終わらせないところが小幡欣治さんの本質的な部分なのである。

 

  • 小幡欣治さんの生家も聖天町でふとん屋をしていた。『浅草物語』は戦争に入る時代で、古い綿の回りに新しい綿を包む「あんこ」やお酒を水で薄める「金魚」などの言葉がでてきて庶民生活の変化が映し出されている。そして、市之進とりんの共有する言葉が「しりとり」である。

 

  • 大晦日、晦日が過ぎたらお正月、お正月の宝船、宝船には七福神、神功皇后武の内、内田は剣菱七つ梅、梅松桜は菅原で、わらでたばねた投島田、島田金谷は大井川・・・牡丹に唐獅子竹に虎、虎をふまえた和藤内、内藤さまは下り藤、富士見西行うしろ向き、むき身蛤バカ柱、柱は二階と縁の下、下谷上野の山かつら、桂文治は噺家で、でんでん太鼓に笙の笛・・・

 

  • 作・小幡欣治/演出・高橋清祐/出演・大滝秀治、奈良岡朋子、三浦威、日色ともゑ、白石珠江、細川ひさよ、河野しずか、小杉勇二、仙北谷和子、大越弥生、高橋征郎、渡辺えりか、齊藤尊史、みやざこ夏穂 etc

 

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