劇団民藝『グレイクリスマス』

  • グレイクリスマス』とは芝居の中では、雪が降って辺り一面を真っ白に美しくおおってくれるクリスマスがホワイトクリスマスで、雪の降らなかったクリスマスのことをグレイクリスマスとしている。グレイクリスマスのほうが現実をさらけだしているということで、グレイクリスマスを知らずに、ホワイトクリスマスにしても良いのかという意味合いにもとれる。

 

  • お芝居の中で、九條家の娘・雅子がピアノで「ホワイトクリスマス」を弾く場面がある。「ホワイトクリスマス」の歌は、アメリカ映画『スイング・ホテル』の中に出てきた一曲で大ヒットする。それが太平洋戦争が始まった次の年、1942年のことで、戦争が終結したのが1945年である。『グレイクリスマス』は1945年のクリスマスから1950年のクリスマスの間を描いていて、日本でも当然映画『スイング・ホテル』は公開されていたわけである。そしてもう一曲弾くのが『蛍の光』である。この曲を頼んだのは、闇屋であるらしい権堂である。1950年には朝鮮戦争が勃発している。

 

  • 5年間を元伯爵家である五條家の離れの一室で描かれる。華族制度廃止で五條家は収入源がなくなり、母屋は進駐軍のダンスホールとして接収される。時間がたつことによって、戦犯裁判にかけられる人、ヒロポン中毒にかかる人なども出て来てくる。心に内に秘めて言えなかった事実が次第に吐露されそれぞれの人間像が明らかになっていく。その人物設定が絡み合って、戦後5年間にどう人々が生きていき、また復活していくかが上手く表現されている。そして演じる役者さんも隙間のないしっかりした演技で交差してみせてくれる。

 

  • 夢のようなお金の儲け方を考える五條家の主人(千葉茂則)。若くして後妻に入り日系二世のアメリカ人の進駐軍将校のデモクラシーの話しと新しい憲法に光を見い出す華子(中地美佐子)。その時代その時代を上手く乗り越える主人の弟・紀孝(本廣真吾)。死にたいとしていながら警察予備隊に生きがいをみつける息子・紘一(岩谷優志)。自分の恋人が戦争責任で処刑される娘・雅子(神保有紀美)。夫のために進駐軍のもてなしをする紘一の妻・慶子(吉田陽子)。戦争で儲けてその後も何とかしよう画策する華子の兄・三橋(みやざこ夏穂)。

 

  • 日系二世で日本のデモクラシーをと尽力する進駐軍将校のジョージ・イトウ(塩田泰久)。始めは皆にもてはやされるイトウの運転手でもある進駐軍兵士のウォルター(神敏将)。何となく凄味があり、うさんくさく、それでいて五條家の人々の手助けをする権堂(岡本健一)。権堂の口利きでもうけ話を主人に持ち込む平井(吉田扶敏)。権堂にくっついて働く藤島(大中輝洋)。しっかり者の女中頭(船坂博子)。今も先頭にたって主人に従順な使用人(境賢一)。お暇をまぬがれた使用人たち(飯野遠、野田香保里、岡山甫、平野尚)

 

  • 12月23日にA級戦犯が処刑され、24日のクリスマスイブの日に釈放された人たちもいて、進駐軍は仕事を早くかたずけてメリークリスマスを迎えたかったのであろうか。それは宗教上の違いということでもあろう。大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』の「メリークリスマス」といったビートたけしさんの笑顔が浮かぶ。かえってなぞが深いところにはまっていきそうであるが、なにかつながっていそうな気がする。

 

  • 岡本健一さんは、奈良岡朋子さんとの二人芝居で初めて観たのであるが、今回は何かありそうでわからないという雰囲気がよかった。客演で劇団民藝で訓練されていない部分がかえって上手くその輪を変形させてくれて興味ひかれる権堂像となった。さて何事もなかったように雪はふるのであろうか・・・。
  • 作・斉藤憐/演出・丹野郁弓 (三越劇場 12月19日まで)

 

  • 民藝は木下順二さんの作品『神と人とのあいだに』第一部『審判』(演出・兒玉庸策)、第二部『夏・南方のローマンス』(演出・丹野郁弓)も2-3月に上演している。『審判』のほうは、「東京裁判」を扱っていて、『夏・南方のローマンス』はBC級戦犯裁判を扱ったもので重いなと思っていたが意外と笑わせられた。『審判』は、民藝のベテラン陣の役者さんがいなければ上演できない作品である。日本を弁護してくれているのかと思う外国の主張が、締めは自国の弁護にするっと切り替わるという展開に、そこにくるわけですかと笑ってしまった。聴いているぶんにはそういうことかと筋道は立つようなのであるが、説明しようとすると各国の思惑が複雑に絡んでいてできないのである。よく脚本にしたと思います。

 

  • 『夏・南方のローマンス』は南の国の夏に行われた三日間の戦犯裁判がからんでいて、無事に帰ってきた上等兵が、戦友で死刑が執行された上等兵の家族にそのことを伝えにくるのであるが、死んだ上等兵は本当に死に値する罪を犯したのかということが見え隠れしてくるのである。この芝居は、若い人はあまり観ないであろうと思っていたが、若い人の姿がありちょっと不思議な現象であった。こういう問題をきちんと脚本にし、それを演じるまでのキャリアを積むという事は、新劇の歴史の積み重ねということなのでしょう。

 

  • 劇団民藝は年5回の東京公演を決めて『民藝の仲間』を募集している。年会費2万円。一回公演あたり4000円でパンフレットつきである。『民藝の仲間』の新聞も送られてきて公演の内容、劇団の活動状況などが紹介されている。以前三越劇場でもこうした会を催していたが残念なことにやめてしまった。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です