歌舞伎 『謎帯一寸徳兵衛』 (前進座)

夏となれば怪談である。歌舞伎で怪談といえば、『四谷怪談』。そして、鶴屋南北となるが、この『四谷怪談』の前に鶴屋南北の『謎帯一寸徳兵衛』がある。面白いのは、『謎帯一寸徳兵衛』の登場人物は、『夏祭浪花鑑』と重なる。『夏祭浪花鑑』の56年後に『謎帯一寸徳兵衛』は上演され、その14年後に『四谷怪談』が上演される。

『夏祭浪花鑑』と『謎帯一寸徳兵衛』の登場人物は同じ名前であるが、内容は『四谷怪談』の内容に重なる部分もある。鶴屋南北がなぜ、『夏祭浪花鑑』と『謎帯一寸徳兵衛』の登場人物を同じ名前にしたのかは私にとっては、疑問の段階である。鶴屋南北さんの戯作者としての手法なのであろうか。このことはこの辺にしておく。

『謎帯一寸徳兵衛』は、2006年に、前進座75周年記念公演が国立劇場であり、その放映を録画していたのである。<徳兵衛>の名から、そういえば何かあったなあと思って調べたら残っていた。前進座の記録としても面白し、歌舞伎の流れの一つとしても興味が増し、戯作者・鶴屋南北さんも亡霊のようにぼんやり姿を現してくれた。それにしても南北さんの書いた作品の筋を書くのが大変。鶴屋東西南北と改名してもらっても良いかも。

釣舟三吉はお磯を見受けするため、実家の道具屋から<浮き牡丹の香炉>を盗み出し、大島団七にその香炉で金を工面してもらう手筈をつける。団七はもとより三吉をだますつもりで、それを三河屋義平次に渡し、義平次の娘お辰を嫁に欲しいと申し出る。お辰はすでに吾妻屋徳兵衛に嫁ぎその願いはかなわず、香炉は貸した50両のうちの20両分のかたにとられてしまう。団七はかつて仕えていた家の玉島兵太夫に出会う。兵太夫の持参している名刀・<千寿院力王>とお辰に瓜二つの娘のお梶に目をつける。団七は策をめぐらし、兵太夫を殺し、自分が殺しながら敵をとることを約束し、奥女中の兵太夫の妹・琴浦の前でお梶と祝言をする。

入谷団七住居の場は、団七とお梶が、『四谷怪談』の伊右衛門とお岩を思い起こさせる。団七は病身のお岩が使う蚊帳を遊興のために金に変える。三吉が団七を訪ね、香炉を返すか金を渡せとせまる。そこへ義平次も現れ、三吉を香炉を盗んだ盗人として訴えると脅す。三吉は仕方なくその場を去る。その時雪駄を片足間違って履いてゆく。義平次は団七に残りの30両を揃えろと迫る。団七は、お梶を義平次に渡し後金の変わりとしようとするが、もみ合ってお梶の頬に焼き串を当ててしまう。このあたりは『夏祭』である。傷があっては駄目だと、義平治は、団七の娘・お市を駕籠に乗せ連れていく。それを追うお梶。さらに追う団七。入谷の田圃で団七はお梶をなぶり殺しにし井戸に突き落としてしまう。その場を偶然通りかかるのが、徳兵衛とお辰である。ここで徳兵衛がやっと出てくるのである。この徳兵衛さん、知的なかたで、お金に振り回されている人々を後目に、きちんと犯人を捜し当てていく。

徳兵衛の住居に三吉は、お辰によって匿われている。そこへ、団七が、三吉の片方の雪駄を持参し、自分の女房お梶が殺されたところに落ちていて、女房殺しの三吉を出せという。お辰は徳兵衛に内緒なので、その場を収め団七は引っ込む。今度は義平治が、お辰に親孝行させるためもうひと稼ぎさせたいから徳兵衛に去り状を書けと迫る。外では物乞いの老女がやかましい。その物乞いは、三河に置き去りにされた義平次の女房・張り子の虎であり、義平次が、お祭りの夜、玉島兵太夫の二人の娘の妹お辰を連れ出し逐電したと告げ、お辰の父は兵太夫で姉がお梶と知れる。義平次は外に放りだされる。

徳兵衛は用事で外出し、外は雷が鳴り響く。お辰は蚊帳に逃げ込み、団七も同じ蚊帳に逃げ込む。そてを徳兵衛は不義密通とし団七と刀を合わせる。団七の抜いた刀は、<千寿院>であった。徳兵衛は、団七の刀を抜かせ確かめたかったのである。義平次が仲間を連れてきて団七を逃がす。義平次は<浮き牡丹の香炉>を落としてゆき、隠れていた三吉はお屋敷からの預かりものの香炉が見つかり実家へと走り出す。

須崎の土手で、徳兵衛とお辰は、父と姉の敵の団七を討つため駆けつけ、立ち回りとなる。土手の後ろには、夏祭りの山車の上の大きな飾りが姿を見せ通っていく。後ろの絵幕が落とされ木場の風景になり、お辰、団七、徳兵衛の三人と傘をもった花四天を並べ決まって幕となる。『夏祭浪花鑑』『四谷怪談』に重なるので惑わされるが、書いていくとよくまとまっている。原作はもっと長いわけで、芝居の場合、見せ場と筋の通し方で、見るものに与える印象も相当に違うものである。お梶とお辰を一人二役によって、お梶は亡霊になって出なくても、お辰が変わって敵を討ってくれるわけで二役の意味がしっかりしている。『四谷怪談』ではやはり怪談物でそうはいかなくなるのである。

団七(嵐圭史)、徳兵衛(中村梅雀)、お梶・お辰(河原崎國太郎)、奥女中琴浦(瀬川菊之丞)、釣舟三吉(嵐広也・現嵐芳三郎)、お磯(山崎杏佳)、兵太夫(中村鶴蔵)、お虎(中村靖之介)、義平次(藤川矢之輔)

芝居の間に、中村梅之助さんの「前進座七十五周年記念公演口上」がある。昭和6年市村座で旗揚げ公演があり、そのとき梅之助さんは1才4ヶ月だったそうである。30周年には『五重塔』『巷談本牧亭』『阿部一族』『左の腕』などの前進座の作品が出来上がっていた。50周年の記念公演のときは、松竹の永山会長と大川橋蔵さんのご厚意で歌舞伎座公演ができたといわれ、大川橋蔵さんは、自分の公演月を譲られたようだ。そして前進座は75周年、80周年も超えられた。新しい世代の出番である。

映画 『喰女ークイメー』は、『四谷怪談』も関係するらしい。10月の新橋演舞場は鶴屋南北作品が二つある。『金幣猿島郡(きんのざいさるしまだいり)』『獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』。8月歌舞伎座は怪談物『怪談乳房榎』である。

 

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