歌舞伎座10月 『近江のお兼』『三社祭』『吉野山』

舞踏を三つまとめるが、並べてみると十八世勘三郎さんの踊りが浮かぶ。しかし、実際にはそれぞれ演者の踊りである。

『近江のお兼』は、馬も出てきて楽しい踊りである。舞台の背景画に近江琵琶湖の堅田の浮見堂が描かれている。近江八景の堅田の落雁にも関係しているらしいが、お兼は力持ちとの設定である。それを現すのに、花道で暴れ馬の手綱を高足下駄で踏み止めたりする。だからといって、いかつい女性ではない。可愛らしい田舎娘である。高足下駄であるから、リズミカルに下駄の踏み音を聞かせるところもある。また、この娘、片手に抱えた桶に晒布を所持し、新体操のごとき、布さらしも披露する。

琵琶湖周辺の地名も歌いこまれており、馬の参加もあり、扇雀さんが、愛らしく丁寧に踊られた。そのため長閑な昔の琵琶湖風景に働き者の娘が時には恋心を語り溜息をつく様子などがふんわりと浮かび上がらせる。動きがあるのに、長閑さも感じさせるとは踊りかたによる力なのであろう。

『三社祭』は、橋之助さんと獅童さんである。隅田川で漁師が二人網打ちをしていて、それから踊り出す。すると黒雲が降りてきて獅童さんが善玉、橋之助さんが悪玉と書かれた丸い面をかぶり踊り出す。善玉が三味を弾き、悪玉が善玉に迫ったりと様子の判る箇所もあるが、意味不明の身体の動きの部分もあり、深くわからないが、二人の意気が上手く軽やかに伝われば良いような踊りでもある。獅童さんは踊りが苦手と思っていたが、近頃身体が軽やかになり、橋之助さんと良い雰囲気を出していた。勘三郎さんは何んと言われたであろうか。その言葉が聞けないのも悔しいことである。

『吉野山』。ゆったりと桜の吉野山の藤十郎さんの静と梅玉さんの狐忠信である。藤十郎さんの静が、辺りを気にしている。そして、初音の鼓に眼が行き、そのそれとない微かな動きに心がある。これは長い間に、静、狐忠信、鼓の関係が当たり前のこととして気持ちの内に入っていて、それでいながら、全く新しい事として発する芸の力のように感じた。品のある静と狐忠信で、梅玉さんの狐のしぐさの動きも自然で、そっと狐の正体をあらわす様子は、初音の鼓に対する深い想いと重なった。橋之助さんの早見藤太も今回の『吉野山』の雰囲気に合っていて台詞もしっかりされており、今月は道化役で芝居を締めてくれた。

今月は踊りも充分楽しませてもらった。芝居との流れの相性も良かった。

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