新橋演舞場十月 『獨道中五十三驛』

10月の新橋演舞場は四代目市川猿之助連続奮闘公演で、11月は明治座である。 『獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』は京三條大橋から、江戸日本橋まで、東海道をひた走りに走る芝居である。弥次郎兵衛の猿弥さんと喜多八の弘太郎さんが出てきては「腹減った、腹減った。」の台詞で、今回は台詞が簡単で楽だと言われていたが、私たちは開発された風景から、東海道をさがしつつの東海道中なので、このお二人が出てくると、実体験のこの道で間違いないと安心した気持ちと重なる。芝居の筋を模索しつつ、東海道を逆に歩くので、話に気を取られ道すじがおろそかになるので、この息のあったコンビが出現するとなぜかほっとするのである。

最初に、芝居茶屋の女将・春猿さんと鶴屋南北の錦之助さんが、役者猿之助さんを呼び出され、猿之助さんの挨拶がある。「裏方さん泣かせの舞台で」と言われたが、東海道をほんの少し歩いている者としては、舞台装置がとても気になり、そうであろうと頷く。「スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)も成功し」で、佐々木蔵之介さんを思い浮かべる。前日、京都国立博物館での「国宝 鳥獣戯画と高山寺」展での 音声ガイドナビゲーターが、佐々木蔵之介さんだったからである。展示場に入り「国宝 鳥獣戯画」を見るまでも並ぶので、その待ち時間に、音声ガイドの聞きたいところを何回も聞き直せて利用価値があった。それだけ、佐々木蔵之介さんのお声も沢山聴いたわけである。

山賊の頭の名前が<ハンチョウ>で、佐々木蔵之介ではないなどと、洒落や駄洒落が豊富である。「とっとといなしゃませ」(一條大蔵卿)「つづらしょったが 可笑しいか」(石川五右衛門)など、他の演目の台詞も飛び出す。

「役者は出し惜しみせず汗を流さねば」の猿之助さんの言葉に、念願の奈良の柳生街道を2日かけて、<剣豪の里コース>と<滝坂の道コース>を完歩し汗を流し満足している身としては、舞台は猿之助さんにまかせ、ひたすら楽しませてもらった。

悪家老役の男女蔵さんことおめちゃんも、大奮闘で、海中にて<鳥獣戯画>ならぬ<海獣戯画>の、ヒトデ、エビ、タコと大格闘を繰り広げて笑わせてくれた。

老女(猿之助)が実は猫の妖怪で、行燈の明かり用の油が魚の油と知り、行燈に首を突っ込みぺろぺろ舐め、その首から先の影が猫で、そこで、三代目猿之助さんで観ていたことを思い出した。その時はどこの宿だったか興味なかったが、岡崎である。ここの場面は印象に強い。泊った村の娘がこの猫の妖怪の術にかかり、自在に操られるのである。その娘役の動きが好演である。由留木(ゆるぎ)家の忠臣・由井民部之助の隼人さんは、お松(猿之助)とお袖の米吉さん姉妹に愛されるが、お袖とこの妖怪の寺に泊り、お袖は子供とともに殺されてしまう。この民部之助はその後、忠臣を返上して由井正雪と改名する。隼人さんの台詞を聞きつつ驚いた。

由留木家の忠臣には、門之助さんの半次郎と亀鶴さんの奴逸平がいて、このお二人は変わることなく忠臣で、悪家老らを与八郎(猿之助)と共に箱根の大滝の本水の舞台で討ち取るのである。まだ公演は続くのに若いとはいえ大丈夫であろうかと気にかかるほど、元気にお客さんに水浴びさせていた。お客さんの黄色い声がこだまする。

この与八郎はよその家のお姫様・重の井姫の笑也さんと恋仲となり、由留木家を追い出される。重の井姫は悪家老と由留木家の側室との間にできた子・馬之助(猿之助)にも思われているが、これがあほうで、跡取りとしてお家乗っ取りを計っている。馬之助は、半次郎に殺され、半次郎は聡明な弟・調之助(猿之助)にお家の宝を探すように命じられる。この調之助、馬之助と顔はそっくりだが、比較にならない男前。

与之助と重の井姫は駆け落ちして、小栗判官と照手姫状態。与八郎は、悪家老の息子・水右衛門の右近さんに命令された江戸兵衛(猿之助)に鉄砲で足を撃たれてしまう。そして眼病も患うが、重の井姫が最後の力をしぼって滝壺に入水、足も眼も自由になり、目出度く悪家老らを討つのである。お宝は小田原の道具屋にあるということである。ここまでで猿之助さんは七役である。途中猫の妖怪となって宙を飛んで行く。

小田原からは、浄瑠璃お半長吉が主人公で『写書東驛路(うつしがきあずまのうまやじ)』となり、今度は猿之助さん、一人で十一役勤められる。印象的なのは、土手の道哲の踊りである。足の運び、手、腕の動かし方、拍子をとりながら浮かれて見せてもらった。お絹 、お六もすっきりとして見栄え充分である。そして、小田原からは場面、場面の名が見知った場所なので楽しさ倍増である。戸塚から保土ヶ谷は歩いて日も浅いので可笑しい。現在ではこの間に東戸塚という駅が出来、物凄い開発で、旧東海道を見失って国道をしばし歩いてしまったのである。5人で歩きながら、一役にもならなかったわけである。

江戸日本橋で、お家の宝も手に入り、猿之助さん、右近さん、門之助さん、亀鶴さんが揃い、「今夜はこれにて」。

笑三郎さん、寿猿さん、竹三郎さんら皆さん好演であった。そして照明も効果抜群。裏方さん達の頑張りも伝わる。

柳生街道の雰囲気を東海道にあてはめ、江戸時代の人がその<ヒナ>を芝居で観る時の楽しさに置き換えて想像した。そしてどこかから、今芝居に、東海道が舞台になっているというでわないか。ほう、どんなもんか一度観てみたいものだ。あそこのだれそれが観てきたという。では、話を聞きに行こう。などという声が聞こえる。

鶴屋南北さんも、何んとか京から江戸までを知らしめたいと思ったのであろう。ながーくなってしまったのは。今回は練りに練って4時間ほどの旅である。

 

 

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