前進座 『東海道四谷怪談』(2)

その後は『四谷怪談』どうなるのか。砂村隠亡掘りで、釣りにきた伊右衛門と直助がであう。直助は薬うりであったのが今はうなぎとりとなっている。そこで、非人となった伊藤家のお弓と召使のおまきとも遭遇するが、ふたりとも堀に落ち無惨な最後となる。

お岩と小仏小平(こぼとけこへい)の死骸が裏表に打ち付けられた戸板が流れてくる。小平も塩谷家につながるもので病の主人を助けるためにと伊右衛門から薬をぬすみ責め殺され、あげくのはては、お岩と不義密通者として戸板にうちつけられ流されたのである。

戸板に死骸を打ち付け流すというこれまた猟奇的な場面であるが、これは実際にあったことで、南北さんはこのほかにも実際の事件から集めとりこんでいる。当時の人々は、そういう情報も混ぜあわせつつ、これはあのことだと思わず「待ってました」と声をかけたかもしれない。

「深川三角屋敷の場」。伊右衛門とお岩の流れと、もう一つ、直助とお袖の流れがどうなるのか。直助とお袖は一緒に暮らしている。お袖は、夫与茂七の仇をとるまではと見せかけの夫婦として暮らしている。

この場でもお岩の幽霊は登場する。直助がうなぎとりとなりお袖は古着を洗う内職をしている。そのことが、お岩と小平の着ていた着物が古着やに渡り、それを洗って古着屋が店に出すというながれの途中でお袖のもとに流れてくるのである。そして直助によってお岩の櫛もお袖のところに流れつく。上手いながれで、お岩がここで出現できる設定もつくられている。洗い物のたらいからお岩の手がのび、直助が隠亡掘りでかきあげたお岩の櫛を取りあげたり、かえしたりするのである。ここは怖いというより可笑しさがある。直助の矢之輔さんの役の幅がひかる。

お袖は、直助に仇討ちのためとあれこれ言いよられついに身をゆるしてしまう。そこへ与茂七があらわれる。

お袖は知らずとはいえ二夫に交えたことから、直助と与茂七に殺されるようにしむけ死をえらぶ。死ぬまぎわお袖が直助に渡したへそのをの書き置きで、お袖は直助の実の妹であり、さらに自分が殺したのはのは主人の息子であったことを知る。畜生にもおとると直助は自刃してしまう。直助とお袖のほうは、自分で命をたつのである。ここに「深川三角屋敷の場」の伊右衛門とお岩とは違う直助とお袖のもう一つの層ができあがる。抜擢の若い臣弥さん期待に答える。

そして、もうひとつが与茂七によって義士の層が重なる。与茂七の菊之丞さん、義士の雰囲気をかもしだし、三角屋敷の場は終わる。

伊右衛門が隠れ住んでいる蛇山庵室の最終の場になるのであるが、そのまえに<夢の場>がある。ここは美しい場面からはじまり、気分をかえてくれる。この場は原作を変え演出上の工夫である。七夕に出会う伊右衛門と美しい娘。しかし抱いた娘は、お岩の骸骨であった。

この場の一瞬が、お岩のはかない夢の一瞬ともうつる。國太郎さんと芳三郎さんコンビが浮き彫りとなり、芳三郎さんの時としてかげりのある伊右衛門像に反映される。

伊右衛門の最後。お岩の亡霊と捕手とに囲まれ、与茂七と小平の女房お花によって伊右衛門はとどめをさされる。四谷の仇討ちはたされるのである。

創立85周年は、歌舞伎の『東海道四谷怪談』と決めていたのであろうか。第三世代を中心にして歌舞伎演目を上演してきた。前進座の劇場を閉じ、落ち着いて舞台に専念できる状況とはいえないなかで、ここまでに至ったということは喜ばしいことである。

梅之助さんは亡き人となられてしまったが、次の世代への手渡しを確信されていたことと思う。責任をはたされた。

パンフレットの整理の途中で、どういうわけかその一山の一番うえに、前進座公演の『法然と親鸞』のパンフレットがありそのままになっていた。『東海道四谷怪談』を観劇したあとにそれが目にはいった。中村梅之助さんが法然で嵐圭史さんが親鸞である。私のなかでの梅之助さんの最後の主役は、この作品ということになる。

『東海道四谷怪談』のパンフレットに黒柳徹子さんの「なつかしい前進座」という一文が載っている。その中に『巷談本牧亭』『天保の戯れ絵ー歌川国芳』『面倒な客』の上演名がある。歌舞伎以外にも、前進座で観たい舞台はたくさんありそうである。前に進むこれからの舞台にも期待したい。

原作・鶴屋南北/脚本・小野文隆/演出・中橋耕史/出演・河原崎國太郎(お岩、小仏小平、おもん、お花)、嵐芳三郎(民谷伊右衛門)、藤川矢之輔(直助権兵衛)、忠村臣弥(お袖)、瀬川菊之丞(佐藤与茂七)、武井茂(四谷左門)、柳生啓介(按摩宅悦)、松涛喜八郎(伊藤喜兵衛)、山崎辰三郎(お弓)、早瀬栄之丞(お槇)、本村祐樹(お梅)、姉川新之輔(伊右衛門母お熊)、益城宏(秋山長兵衛)、清雁寺繁盛(関口官蔵)、寺田昌樹(中間伴助)、渡会元之(奥田庄三郎)、中嶋宏太郎(利倉屋)

 

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