歌舞伎座6月「新中納言知盛」「いがみの権太」「源九郎狐」

6月の歌舞伎座は三部制である。8月の三部制はあるが、他の月では初めての経験である。5月の観劇のときほかの観客のかたが、「実質の値上げですよね。」「交通費をかんがえると出費がふえて。」という会話がきこえてきた。実際のところそうである。

なぜ三部制にしたかというと、『義経千本桜』の登場人物の印象を強めたかったようである。歌舞伎座にいくと、三つ折りのチラシができていた。

【第一部】新中納言知盛  碇とともに身を投げる豪快にして悲壮な武将  【第二部】いがみの権太  放蕩の限りを尽くすいがみと呼ばれた無法者 【第三部】源九郎狐  親への情愛一心に鼓と旅する狐の子

新中納言知盛は染五郎さん。いがみの権太は幸四郎さん。源九郎狐は猿之助さん。三人の役者さんを前面にだして『義経千本桜』の三本柱として浮彫にしようということなのであろう。その試みはうまくいったとおもう。一人一人が印象づけられた。しかし、スペクタルな濃厚な味にかけ、腹八文目の健康献立であった。脂分をとりおとされ、形よくさらに盛り付けされたかんじである。その点では観るものは楽をさせてもらったことになる。

もうひとつ感じたことは、自分の見方が、相対評価と絶対評価にわけて観るシステムができているということである。相対評価というのは、ほかの役者さんと比較して観劇していて、絶対評価はその役者さん自身の流れで観劇しているということである。

古典芸能となれば、続いているものであるから、長く観劇をつづけていると、相対的になるのが宿命である。

たとえば、知盛であれば、わたしが最初によいとおもってみた知盛は吉右衛門さんの知盛である。当然、染五郎さんに吉右衛門さんの脳裏の映像で期待する。前半はよい。ところが、平家一門の今、六道のくるしみは、父清盛の非道のゆえかと嘆き安徳帝を義経に託すその心の流れがうすいのである。生きのこって亡霊と思わせてまで義経を討とうとする激しさ。これがずしんとほしかった。

主馬小金吾にかんしては、今の錦之助さんが信二郎時代の小金吾が美しい動きであった。それに比較すると、松也さんの動きの切れがもうひと押しである。

よいとおもったとき、感動したときは実際にはそれほどではなかったのかもしれない。その観たものは増幅されて記憶にのこっているだけかもしれないが、先に感動させたもの勝ちのところがあり、次の人々はそれを打ち破らなくてはならない。

では、猿之助さんの源九郎狐はどうか。動きもいい。身体全部で表現している。あきさせない。菊五郎さんが演じられたとき、年齢も高く動きも猿之助さんにはかなわないのであるが、狐の親にたいする情は、菊五郎さんのほうが伝わったのである。猿之助さんは、狐の言葉としてセリフを工夫している。そこをつきつめすぎて、聞きづらく肝心のところでジーンとこないのである。

絶対評価。すし屋での弥助が維盛になるところの染五郎さんである。これは今までみたことのない変化の面白さである。弥左衛門の錦吾さんにまずと手を差し上げられ、上段にあがってくるっと正面をむくと高貴の維盛である。空気が動く。

猿之助さんの渡海屋の女房お柳から大物浦の典侍の局へのかえし。この役は猿之助さんで観ていない気がする。早変わりに忙しいかただから、こうしてゆっくりと演じるのは新鮮味がある。初お目見えの市川右近さんの子・武田タケルくんのお安と安徳帝がきちんと姿勢をたもちがんばった。猿之助さんとタケルくんコンビが平家の悲哀をひきうけた。

門之助さんの義経が大きく存在感が増し、笑也さんの静御前が、義経に代わって狐忠信の正体を詮索するという心構えがしっかりしていた。猿弥さんは、逸見藤太役さらに手中でころがしている。

いがみの権太の幸四郎さんは相対的にも絶対的にも、前半はゆすりたかりのいがみを納得させる展開をみせられる。これは、『不知火検校』でのお市役をこなしての型のあるいがみの権太に重ねあわせてつくられた感がある。いがみの権太の愛嬌や花道での足さばきなどで権太をうまくつくりあげられた。女房小せんの秀太郎さんとの息もあってどうしてこうなったかのくだりの流れがよい。

終盤の父親に刺されてからも、周囲の役者さんがそろい考えもしなかった悲劇へとつなげてくれる。三人の人物ではやはり一番印象に残った。

知盛には悲劇的勇壮さを、狐忠信には情をもうすこし色づけしてほしかった。今回は逸見藤太からも推奨される染五郎さんと猿之助さんコンビは、屋根の上の染五郎さんの竜馬と亀治郎さんのおりょうが焼き付いているが、さらに新たなコンビを楽しませてもらった。

そして「染五郎さんの知盛もいいですね。」「いやあ楽しかった。上ばっかり見ていて首が痛くなった。」と言われて宙乗りを楽しまれたかたがたがいたことも付け加えておく。

こちらは、さらに来月の相対評価と絶対評価が、どう面白く表れてくれるかをはや期待している。

 

 

 

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