旧東海道の逆鈴鹿峠越え(田村神社~坂下宿)

旧東海道歩きの<鈴鹿峠越え>ができて、一応旧東海道を歩いたことになります。

関宿から土山宿までの間に鈴鹿峠があります。すでに土山宿手前の田村神社前から土山宿、水口宿へと歩いているので、関宿から坂下宿、そこから鈴鹿峠を越え田村神社までとなるのですが、色々検討し、田村神社から関宿に向かう逆コースにしました。これが良かったのかどうかは反省点も残ります。旧東海道は日本橋(東京)から三条大橋(京都)に向かう方向性で表示してあり、その通りに歩くと何の問題もない道が反対方向からくると表示がなくて混乱するのです。戸塚の権太坂もそうでした。

鈴鹿まで行くなら友人を伊賀上野まで連れて行きたいのと、名古屋でひつまぶしが食べれなかったのが残念とのことでしたので、先に名古屋に寄りました。

鈴鹿峠越えは草津線の貴生川駅からバスで田村神社で下車そこから一日かけて三重の関宿に向かう計画としたのです。全てクリアできましたので、結果的には良しということになりました。

田村神社>前の国道一号線に近い鳥居を潜ると旧東海道があります。そこから出発です。歩き終わった友人からも判りやすい道で、ただ長いと言われていたのでそのつもりで歩きはじめます。

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広重さんの絵「土山 春の雨」の田村川に掛る橋を渡り大きな工場の間を通ります。このあたりは、<蟹坂古戦場跡>で伊勢の北畠具教が甲賀に侵入しようとしますが、山中城主・山中丹後守秀国がこれを阻止したとのことです。私のわかる歴史範ちゅうにはないことがらです。

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蟹が坂>があり、かつてここに罪を犯す大きな蟹が住んでいて祈り伏せられたという話しがあります。その蟹の甲羅を模した飴が田村神社前の<土山の道の駅>でも売っていました。

猪鼻村>の標識があり「土山宿」と「坂下宿」の間の立場(休憩所)があった場所で、赤穂浪士の大高源吾が旅の途中で詠んだ「いの花や早稲のもまるゝやまおろし」の句碑もありました。東海道はやはり赤穂浪士が時々痕跡を残し登場します。

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そしてここにと思ったのが<檪野観音道(大原道)>の表示板です。旧東海道から檪野寺への参詣道があったのです。さらに関宿に着いた後に、もう一度檪野寺への道を知ることになるのです。<鈴鹿馬子唄之碑><山中一里塚

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十楽寺>は今回の楽しむのひとつでした。このお寺の阿弥陀如来坐像が、甲賀三大佛の一つなのです。大池寺の釈迦如来坐像、檪野寺の薬師如来坐像、十楽寺の阿弥陀如来坐像。檪野寺の薬師如来坐像は、昨年の11月に東京国立博物館で拝観しています。三大佛の一つが現地で拝観でき、友人も簡単には行けないお寺で御朱印が頂けるとよろこんでいたのですが、その日は宗教上の集まりがあり留守との張り紙でした。残念。

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しかし、この時間差で助けてもらえたのです。大きな灯籠の<万人講大石灯籠>に着き屋根のある休憩場でほっとしたとたん雨となり、驚いたことにそれが雹(ひょう)になったのです。やはり<鈴鹿峠>、何が起こるかわからないと思いました。少し様子をみて時間がとられるようなら雨具で歩くしかないかなと覚悟しました。風で雹が吹き込み休憩の椅子もどんどん濡れていきます。

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準備していますと、次第に小ぶりになっていくようです。大事にならず大丈夫でした。十楽寺で時間をとっていたら途中で濡れることになったでしょう。十楽寺の阿弥陀如来様がお会いできなかったかわりに濡らせませんでしたよと言われたようでした。

さらにこの先で、雪がちらつき、前方の山のほうは吹雪いているように白くかすんでいましたが、それはこちらまではきませんでした。鈴鹿馬子唄の「坂は照る照る鈴鹿は曇るあいの土山雨が降る」の鈴鹿峠の急な天候の変化を身をもって体験しました。

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さてこれから鈴鹿峠越えとなるのですがこちらからは下りとなるので気分てきには楽です。ところが、降りたところで前の一号線を渡ったところに旧東海道があるはずなのですが覗いても道がないのです。おかしい。もしかして途中で違う道があったのかともどることにしました。<鏡岩>を天候不順なのでそこへの道は通り過ぎたのですが、ここまでもどったのならとそこへも寄ることにしました。<田村神社旧跡>とあり田村神社はかつてはこの峠にあったのです。

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<鏡岩>というのは、断層が生じる際に強力な摩擦力によって研磨され、平らな岩面が鏡のようになるのだそうで、山賊がこの岩を磨いてそこに映った旅人をおそったという伝説の岩です。そういう伝説がのこるほど山賊がいたということでしょう。

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脇道もないのでまた<馬の水飲み場><芭蕉の句碑>を通り降りました。すると柵のようなものが眼につきました。下る階段があります。ここでもぐって国道1号線を渡るのです。

浅はかなおばちゃんもいるのですから、ちょっと表示しておいてくださいな。不思議なくらいそれが眼に入らず国道をふらふらしてしまいました。その下り階段を通り抜けた入口には東海道と表示があり、反対側から来れば難なく道なりに進めるようになっていました。

そしてもう一回やってしまったのが、無事<片山神社>に着き喜んで上まで上がりお詣りしてここでまた道を間違えまして国道へでてしまいもどることとなりました。そこも反対側からくればわかるように表示されていました。表示に頼って来ていた甘さでしょうか。

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そこからは、順調でした。<岩屋観音>と葛飾北斎さんの「諸国滝めぐり」にも描かれたという清滝は工事中なのかロープが張られていて行けそうもありません。そして坂下宿へと入ったのです。

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参考とした案内図

旧東海道の逆鈴鹿峠越え(坂下宿~関宿) | 悠草庵の手習 (suocean.com)

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