新橋演舞場『お江戸みやげ』『紺屋と高尾』

新橋演舞場での<七月名作喜劇公演>は、『お江戸みやげ』と『紺屋と高尾』です。波乃久里子さんと喜多村緑郎さんの喜劇役者開花の舞台でした。

お江戸みやげ』(演出・大場正昭)は川口松太郎さん作で笑いと切なさの川口松太郎ワールドを久里子さんが細かいしぐさと演技力を発揮されました。この作品は女方に当てて書かれたそうで、藤山直美さんがそれを女優で挑戦する予定だったいうことですが、直美さんが療養中で久里子さんが代役となり、お父上の十七代目勘三郎さんが初演で演じられたお辻で、不思議な巡り合わせということでしょうか。

直美さんは、しばらく舞台がないなと思っていましたが、女性の喜劇役者さんとして喜劇舞台になくてはならない役者さんですからしっかり療養され復帰をお待ちしております。

結城から結城紬の反物を背負い、一年分の生活費を稼ぐため江戸に行商に来ている後家のお辻とおゆうは少し売れ残りはあるがまずまずの首尾と湯島天神の茶店でほっとする。おゆうが萬次郎さんの女方で久里子さんとのコンビが上手く出来あがりました。お辻は倹約家で、おゆうはお辻の一つ上ですがそこそこ遊びのしどころをわかっていて、上手くことを運んでいきます。この辺が非常に上手く書かれていて役者さんもそこをリアルさとテンポでよく表現されていました。

茶店は宮地芝居のお茶屋も経営していて、そこの女房のお長(大津嶺子)のお客の対応が上手いのです。タイミングよく役者の紋吉(瀬川菊之丞)が芝居の間に好きなお酒を飲みにきて、倹約家のお辻も芝居の一幕を観ることになります。お長が薦めたのは阪東栄紫の『保名』です。

お酒を飲むと心が乱れ、気が大きくなるというお辻は、『保名』の栄紫に心奪われ、おゆうが気を利かせてお長に頼み、お辻と栄紫を会わせます。栄紫の緑郎さんはすでに先に舞台に出ていまして歌舞伎役者役として出来上がっていますが、このお辻と会う場面はお客さまに接する役者の態度に嫌味がなく、情を出しお辻がますます憧れるきっかけを自然にもっていきました。役者として中村座の名題であるのに今は宮地芝居でその悔しさを愚痴りもして当時の位の違いや要請があれば小屋を変わる当時の役者の様子がわかります。田舎者のお辻にはそんなことはわかりません。

ここで一反乱。おときを金持ちに嫁がせようとする常磐津の師匠の母(仁支川峰子)も加わりその母の根性を見抜いていた田舎の人の情。お酒の勢いでお辻は啖呵をきってしまうのです。

溜息をついての湯島境内でのお辻とおゆう。二人を追いかけて来る栄紫と結婚相手のおとき(小林綾子)。そこでまたおゆうが取り計らい、お辻は栄紫から感謝の言葉と<お江戸みやげ>をもらうことになります。

角兵衛獅子の兄(竹松)弟も通り、江戸に来て故郷へ帰る人の動きなども哀愁をただよわせます。

役者さんのしどころが上手く収まり、味わいのある芝居となり、笑いの中にもほろっとさせられます。川口松太郎さんは、こういう名もなき人々の情愛を拾って芝居にのせますが、今の時代、役者さんの力量でこの感覚を伝えるのは難しい時代になってきているような気がします。今回代役を立て『お江戸みやげ』が次の『お江戸みやげ』につなげた功績は大きいと思います。

久里子さんは十七代目のお辻を観ていて、萬次郎さんは、平成23年の『お江戸みやげ』(お辻・三津五郎/おゆう・現鴈治郎)で紋吉を演じていたので、観たり体験していた芝居が役者さんの中で上手く重なり新たな面白さになったのでしょう。

お紺と高尾』(口演・一竜斎貞丈/脚本・平戸敬二/演出・浅香哲哉)は講談、落語などでお馴染みですが、きちんと観るのは初めてでした。大阪の紺屋の職人が吉原の花魁道中で高尾太夫に一目惚れをして、ついに女房にむかえるというお話です。

花魁道中の一目惚れは歌舞伎では『籠釣瓶(かごつるべ)』でもありましたが、紺屋の職人久造は、佐野次郎左衛門と同じように夢心地となってしまいます。大阪に帰っても、寝ても覚めても高尾太夫、高尾太夫です。

佐野次郎左衛門と違って、久造は紺屋の職人ですからお金がありません。そこで親方に頼み今まで預かってもらっていたお金と一年間一生懸命に働いたお金を持って高尾太夫に会いにゆきます。高尾太夫は久造の一途さに来年の3月15日年季があけたら女房になると約束し証文を書き、3月28日に大阪の久造のもとに到着するのです。

久造の喜多村緑郎さんで、今までの芝居から考えるとこの方は喜劇は無理なのではないかと思っておりました。ところが化けてくれました。こうなるとは思いませんでした。ボケ具合。間のとり方。くり返し詞の強弱と高低。それに付随する体の使い方。意外でした。

職人ですから、吉原のことなど何も知りませんし、会う方法もわかりません。それを指南するのが、久造の恋煩いをふらふら病と名づけた医者の山内玄庵で、大阪の米問屋の若旦那のお大尽になりすましての吉原乗り込みですが、山内玄庵の曾我廼家文童さんとの息も合い、高尾太夫の浅野ゆう子さんを前にしてのお大尽ぶりと素性を告白し謝り事情を話す真面目さに、高尾が心動かされる流れに持って行くいきかたもよかったです。

浅野ゆう子さんの高尾も、花魁道中は美しく、三浦屋では遊女の裏の部分を垣間見せ、しかし凛とした太夫ぶりをみせ、久造にも芯のあるところを見せ、さらに久造の母親をも納得させるところまで持っていきます。

親方の紺屋吉兵衛の萬次郎さん、女房おかつの大津嶺子さん、娘お紺の小林綾子さん、久造の母の藤村薫さんんらが大阪の紺屋の場面をかため、吉原の三浦屋は三浦屋主人の瀬川菊之丞さん、三浦屋の女将の仁支川峰子さんらが押さえ、全く場所柄の違う雰囲気と人物をしっかり描いてくれたので、緑郎さんの喜劇性も上滑りすることなく受けてもらえていたと感じます。

『お江戸みやげ』も『紺屋と高尾』も、邦楽だけという舞台で、台詞のめりはりリズムはそれぞれの役者さんにかかっており、その辺もクリアできる役者さんたちであったということです。子役さんも江戸時代の涙を可愛らしく照らします。

その他の出演・曾我廼家玉太呂、武岡淳一、いま寛大、大竹修造、佐々木一哲、吉永秀平、戸田都康、鍋島浩、大原ゆう etc

 

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