- 八月の歌舞伎座は、歌舞伎アカデミーの生徒と思えるような超若手役者さんも含め、おおぜいの出演なので、見逃さないようにと筋書を前もって歌舞伎座の切符売り場で購入しておいた。今月は全ての演目に「川」が関係していてその図や関連の場所も記してくれていたので楽しみも倍増である。
- 『花魁草(おいらんそう)』は、安政の大地震で吉原から逃れてきた女郎・お蝶と歌舞伎役者の中村幸太郎が出会うのである。その場所が中川の土手で、江戸は火事で燃えている。二人はその時、栃木宿に帰る百姓の米之助の小舟に乗せてもらい栃木に行くことにする。米之助夫婦の助けもあって二人はおばと甥の関係でつつましくもおだやかな暮らしをしている。そんなおり、芝居茶屋の女将・お栄がひいきだった幸太郎の姿をみかけ、幸太郎が芝居にでれるように手はずをととのえる。
- 幸太郎を送ってお蝶は江戸までいくが、その後行方がわからなくなる。立派になって巴波(うずま)川で舟乗り込みをする幸太郎の姿をお蝶はそっと陰からそっと幸太郎の姿を見送るのであった。お蝶は米之助に祝言をあげてはと勧められたことがあった。しかし、お蝶は自分自身が怖れている過去があったのである。幸太郎がお蝶を訪ねてきたときお蝶はいなくて自分の植えた花魁草が咲いてた。北條秀司さんの原作で、新派と思うような作品である。
- 年下の少し気が弱くて優しい幸太郎の獅童さん。そんな幸太郎を命をかけて惚れているが、それゆえに自分の気持ちをおさえるお蝶の扇雀さん。純朴にお蝶の話しを聞く米之助の幸四郎さん。何も知らずお蝶と幸太郎の世話をする米之助の女房・梅枝さん。そんなささやか生活に幸太郎の芝居に対する想いを思い出させるお栄の萬次郎さん、猿若座元・勘左衛門の彌十郎さん。川でつながっていた江戸と栃木宿。農家の様子や江戸から役者がきてはなやぐ土地の人の様子などがしっとりと描かれた舞台で、お蝶の女郎から世話女房になる変化と、過去を語る押さえどころをしっかりと扇雀さんが演じられた。そして、花魁草がいきる獅童さんと扇雀であった。
- 栃木は今も蔵の街として巴波川の両脇には蔵や建物が残っている。その建物の中で盛んだったころの様子なども紹介したり、街の中心では、かつての豪商の内部などを見せたりしていている。その頃芝居小屋もあって江戸の役者さんがきたほどの繁栄ぶりであった。どれだけ、幸太郎の舟乗り込みがお蝶にとって嬉しいことであったかが想像できる。それだけに寂しさも切ない。
- 山本有三さんもこの町の裕福な呉服屋で生まれていている。公開されているかつての商家に、玉三郎さんの『女人哀詞』のポスターが飾ってあり、山本有三さんがこの地の出身であることを知った。その他、何代目かはわからないが座敷に猿之助さんの書を飾ってある家もあった。日本橋→江戸川→利根川→渡良瀬川→巴波川へと商品を運んで栄えた栃木が想像できる。累(かさね)の関連場所も近く台詞にもでてくる。大きな世界を表しているお芝居ではない。それだけに脇の役者さんの力を必要とする作品で、そのあたりもしっかりしていた。もう一度、栃木も訪れたくなった。
- 市蔵、高麗蔵、松之助、松江、吉之丞、梅花、新悟、虎之助 etc
- 『龍虎』。龍と虎の闘いを踊りにしたもので、龍は幸四郎さんで虎を染五郎さんが受け持った。この踊りいつも獅子の踊りと勘違いして観てしまうので、龍と虎と言い含めて観た。洞穴などの背景もでてきて、なるほどと納得しつつ観る。染五郎さんの虎が爪をあらわすような仕草となりこういう表現があったのかと。龍は空を飛ぶが、虎は千里を走りまわるわけである。そして龍を翻弄して飛びかかろうとする。そんなことを想像しつつ、引き抜きなども楽しんだ。この戦いの勝敗は決まらずお互いに引くのである。
- 『龍虎』は十代目三津五郎さんの振り付けである。染五郎さんは襲名ということがあるので意味合いが違ってくるかもしれないが、八月、十代の役者さんが多くでておられるので、坂東三津五郎さんが『踊りの愉しみ』で書かれていることを少し紹介します。「十代の時分は時間があるのですよ。その頃は、役がつかないですからね。」「逆に二十歳か二十一歳になって大人の身体になってくると、今度は毎月、舞台に出されてしまいます。」「ですから、舞台に毎月出るようになる前に、自分の身体にきそてきな素養を身につけておかないといけません。」この本を読んでから『龍虎』を観れば「風」の現象も受け取れたかもしれないがそこまで気がまわらなかった。
- 『心中月夜星野屋(しんじゅうつきよのほしのや)』は古典落語『星野屋』を基にした新作で初めての上演である。男と女の化かし合いで『たぬき』などよりは軽めでおやまあと楽しめる作品である。青物問屋の主人・照蔵の中車さんが深い仲の三味線の師匠・おたかの七之助さんの家にきて相場に手を出して失敗したから、20両の手切れ金で別れてくれという。どうして一緒に死のうと言ってくれないのとつい言ってしまったおたか。つい言ってしまったところが軽くて面白い。本気にして喜ぶ照蔵。今夜、吾妻橋から飛び込もうと約束する。
- しめたと家に帰るおたかとお熊。新しい旦那を紹介してもらおうと泉屋藤助の片岡亀蔵さんを呼ぶ。亀蔵さんはこういう役は手慣れたもので、照蔵が枕元に現れたと話し、おたかは髪をおろすことになる。さてお金のゆくえはいかに。中車さんの業突く張りぶりもほどほどで、おたかもお熊も生きるための庶民のささやかな悪ととれる愛嬌ぶりである。単純にアハハでチョンである。七之助さん、中車さん、獅童さんトリオは次の『東海道中膝栗毛』へのウオーミングアップでもある。