『西郷と豚姫』

歌舞伎の『西郷と豚姫』は京都揚屋の中の間での一幕ものである。体格が立派で気立てがよく明るいお玉は豚姫と呼ばれている。お玉は親も無く天涯孤独であるが面倒見もよく皆に慕われている。そのお玉の想い人は薩摩藩の重役西郷吉之助である。西郷の事を想いふさいでいるとき、西郷が幕府の刺客から追われてお玉の前に現れる。

西郷は藩主にも幕府にも自分の考えが受け入れられず八方塞がりである。お玉は西郷とのことが八方塞がりで、西郷はお玉の心情と自分を重ね合わせ自分はお玉と死んでもよいと思い、お玉に一緒に死のうという。お玉は西郷の真情に天にも昇る想いである。そこへ、藩主の勘気が解け新たな使命が与えられたと大久保利通と中村半次郎が訪れる。

西郷は大久保達が藩から預かったお金を受け取り、その多くをお玉に手渡す。お玉との今先ほどの約束を破ってしまったことへの詫びとこれが今生の別れかもしれない思いからである。お玉はいらぬ心配をかけまいと西郷の真情を胸に収め、お金を受け取るのである。

亡き勘三郎さんのお玉は今でも思い浮かぶ。何も考えることは無い。ただ観ているだけでお玉の気持ちが伝わってくる。西郷への想いのやるせなさ。喜び。可笑しさ。悲哀。どうしてこの人はいとも簡単にお玉の心の動きを表現できるのであろうか。確かに勘三郎という役者が演じているのであるが、その役者と役の皮膜が薄いのである。薄いというよりも透明に近いのである。時としてそれに我慢が出来ず生の役者勘三郎を見せてお客もそれが大好きで大喜びするのであるが、このお玉にはそれがなかった。あくまでもお玉である。大きな体でありながらいじらしくて可愛いいのである。それでいながらいざとなれば懐が大きくてこれは女形でしか表せられない女性かもしれない。

 

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