『天保遊侠録』(てんぽうゆうきょうろく)

勝海舟の父親・勝小吉を主人公にした真山青果の作品で「天保遊侠録」という芝居がある。

小吉は旗本ではあるが無役であるため、役付きになりたいと思い上役を向島の料理屋で接待する。周囲の皆からどんなことがあろうと悋気を起こさないように注意される。しかし、持ち前の自由奔放さと江戸っ子気質であるから上役たちのこちらの弱みに付け込んだ勝手な振る舞いに堪忍袋の緒が切れる。言いたいことを言い役付きも終わりである。

その時、小吉と一緒では麟太郎(海舟)の先行きが思いやられると考えたお局になっている小吉の義姉が、隣の別室に麟太郎を呼んでいた。麟太郎は父の一部始終を見ていて、叔母の言う通り大奥に勤めるのである。この時の麟太郎は父を負かせてしまうほどの賢さを見せ、父は父、子は子の人生だなあと思わせたのである。

麟太郎は7歳の時、十二代将軍家慶の五男・初之丞に仕えるのであるが、この初之丞が夭折し、9歳でお城から下がるのである。芝居では父と子それぞれの生き方と思えたが「氷川清話」を読むと小吉の血が確実に流れていると感じてしまう。

観たお芝居の方は小吉が吉右衛門さんで窮屈な感じで接待をし、ぶちまけた時はきっぷの良い江戸っ子で、麟太郎との別れには親の切なさを格好よく演じられていた。麟太郎役の子役さんもなかなかの賢さを出していたが名前の方は分からない。この時の甥役の染五郎さんを観て染五郎さんの三枚目がいいと確信したのでる。世間からずれている小吉より勝ってずれている加減が良かったのである。

そういえば『西郷と豚姫』の西郷も吉右衛門さんであった。愛嬌があり腹の据わった西郷であった。このあたりの芝居はリラックスして観られる演目ではあるが、「氷川清話」を読むと、軽くは言っているが生死の狭間を潜り抜けていたわけで、胎の中心の深さが常に決まっていなくてはならないと思う。小吉もただ自由奔放の変わり者ではなく時代の風に会えば何を仕出かすか分からないといった大きさが無くては単なる人情話に終わってしまう。海舟の道に至る無頼さの味が必要である。

 

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