記憶の扉 (2)

純愛物語

1957年作品・東映

監督  今井正

脚本  水木洋子

江原真二郎(早川貫太郎) 中原ひとみ(宮内ミツ子) 岡田英次(下山観察官)

聖愛学園園長(長岡輝子) 瀬川病院医師(木村功) 小島教官(楠田薫)

戦後10年近く経っているが、浮浪児が自分の身をなんとかして守ろうと、さ迷う上野の森。ここで暮らす人々は、ここを上野の山と呼ぶ。、ここから抜け出す事を考えてスリから足を洗おうとする孤児のミツ子は仲間から制裁を受けそうになり、ダグボートのかん坊(貫太郎)に助けられる。上野公園が戦後こういう状態の時もあったのだと現在と比べてしまう。近年公園の生い茂る木々は切られおしゃれなカフェテラスの飲食店が建てられている。

二人は自分たちで自立するため最後の資金稼ぎとしてアベックスリを実行するが捕まってしまう。貫太郎は一度逃走するが、二人はそれぞれ別々の更生施設に送られる。

ミツ子はそこで周囲からバックレ(仮病)と決め付けられてしまうが、身体に異変が起こり始める。親身になって心配してくれる教官に連れられ病院で検査を受けるが自分が原爆症の疑いありとされ、もしそうなら貫太郎に会えなくなると思い逃走し、貫太郎の施設を訪ねるが会えぬまま貧血を起こす。その時腕の紫色の斑点に気づく。腕の斑点の記憶は正しかった。映画を見ている自分にとっても衝撃だったのである。

その後二人は再会する。この映像も記憶とほぼ同じであった。二人は純粋に輝いている。二人が会った時もそうであるが、憎まれ口を言いつつも解かり合える人に会えた喜びが素直に伝わってくる。貫太郎はミツ子に白いズックの靴をプレゼントし二人の初めてで最後の一日のデート。そこで口にするミツ子のささやかな望みがいじらしい。「毎朝、温かい味噌汁を温かいご飯にかけて食べる」。

これは、「また逢う日まで」の蛍子(久我美子)の結婚出来た時のささやかな日常生活を描くのと共通している。戦時下と戦後の時間差はあってもその傷跡は深い。

ささやかな望みは叶えられないままミツ子は原爆症で帰らぬ人となる。原爆症の集団検診で検診を受けていた親子が、ミツ子の死を知って街をさ迷う貫太郎とすれ違う。この映画のはじまりはそれから二年後と言う事で貫太郎が上野の山を歩く所から始まり、貫太郎はミツ子のささやかな当たり前の生き方を通せる人間になっていると思わせてくれる。

「また逢う日まで」も三郎(岡田英次)の日記を読み終えた蛍子の母(杉村春子)が、蛍子の画いた三郎の肖像画に向かって「けいちゃん、私は帰るわよ。あなたここに居させてもらいなさい」と語りかける最後は、たとえ死んでいても三郎と蛍子は夫婦なのだから私はそこから離れてしっかり生きて行くわよ、という姿勢が伺える。水木さんは、その辺が静かでありながらしなやかに強いのである。

白い靴を抱きしめて幸福に胸ふくらませた想い出の日・・・・

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