新橋演舞場 11月 『鶴八鶴次郎』

11月新派特別公演である。10月の歌舞伎座に続き <十七世中村勘三郎 二十七回忌、十八世中村勘三郎 三回忌 追善>公演である。十八世勘三郎さんが、十七世勘三郎さんの追善興行は<新派>でもと言われていて、勘九郎さんと七之助さんにも<新派>を体験させたいとの想いがあってのことという。残念ながら、鶴次郎を演じられた勘三郎さん不在の公演となってしまった。

『鶴八鶴次郎』の鶴次郎は、十七世勘三郎さんも演じられている。川口松太郎さん原作で、芸道物ということができるが、<新内>という芸に着眼し、そこに人情と義理を加えているところが、川口さんの作品らしい。<新内>は流して歩くところから出発している芸である。料亭の二階のお客さんに声をかけ聞かせたり、流して歩いてお客の声のかかるのを待ったりする。<新内>の哀調おびた三味線の弾き方と高音の声質の語りは、男女が心中したくなる気分にさせ、実際心中する者もでて、公的規制を受けたりもしている。

その<新内>が時を経て、名人会に加わるのである。名人会に加わるだけの芸の力のある芸人二人のどこかで亀裂してしまう男女の想いの芝居である。

芸の事となると喧嘩ばかりの鶴八と鶴次郎だが、鶴八は鶴次郎の師匠の娘である。そんなこともあり、好きだと言えない鶴次郎は、鶴八の結婚話に意を決して女房になってくれと告白する。二人は、先代鶴八の願いであった鶴賀の名前の席亭を開く直前、鶴次郎は男のプライドを傷つけられとして鶴八と別れてしまう。場末に燻る鶴次郎を番頭の佐平の助力で、老舗料亭の女将におさまっている鶴八と再会させ、再び名人会に二人を出させる。二人の芸がふたたび花開こうというとき、鶴次郎は、鶴八の三味線の芸に難癖をつけ、再度の別れとなる。

この後半からの、鶴八の七之助さんと鶴次郎の勘九郎さんがいい。七之助さんは、女形の声質を変えられる特性を生かし、低音にして、老舗の料亭の女将としての立場をきっちりつくる。鶴次郎の勘九郎さんは、持ち前の心理描写の上手さを新派的沈黙で押さえ、佐平に、どうして二人の中を壊したのかを静かに語る。当時の<新内>芸人の艶と泥水に通したような味はお二人には無い。そこが難点であるが、心理描写になると勘九郎さんは、聴かせる。鶴八は、老舗料亭の女将の座を捨ててでも<新内>の芸に鶴次郎と共に再び生きるという。その言葉を聞いたとき、鶴次郎には鶴八の今の倖せを壊すことは出来なかった。自分の想いを壊すのである。

勘九郎さんは、もちろん、中村屋の芸は伝えていくであろうが、それとは違う自分の語りを作っていかれるであろう。十八世勘三郎さんが、お二人に<新派>を体験させたいと思われた事は、意を得ていたのである。追善でありながら、十八世勘三郎さんのお二人への<芸>への示唆のように思えた。

川口松太郎さんは、花柳章太郎さんが亡くなられたとき、お棺の中へ『鶴八鶴次郎』の脚本を入れ、花柳のものとして永遠に他には上演させまいとしたが、それを止めたのが初代水谷八重子さんだという。(「空よりの声ー私の川口松太郎」若城希伊子著) 止められた八重子さんがおられてよかった。

旅のために、予定していた日にちに観られないかもしれないと、違う日にも切符を購入し、行けない日を友人に行ってもらおうとしたら、一人では嫌だと言われ、2回目は友人と観ることになった。

二回目のとき、出演者の挨拶のゲストが渡辺えりさんで、十八世勘三郎さんのこの芝居を観たあとで、どうして女の生き方を男が決めるの。女に決めさせなさいよ。と勘三郎さんに言われたのだそうである。大爆笑であった。勘三郎さんに佐平役の柄本明さんを紹介したのも渡辺えりさんで、渡辺さんが話す間ずーっと、柄本さん下を向いて新派の雰囲気だったのも可笑しかった。

作・川口松太郎/演出・成瀬芳一/新内・新内仲三郎社中

 

 

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