歌舞伎座 2月 『一谷嫩軍記』『神田祭』

『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』の<陣門><組打>である。<熊谷陣屋>の前の場で、<熊谷陣屋>とセットで組まれるが、今回は、この二つの場面だけである。ここで、熊谷直実が敦盛の代わりに自分の息子の小次郎を討ってしまうということで、次の<熊谷陣屋>の前哨戦とも受け止められるが、今回のようにそこだけの上演となりながら、<陣門><組打>だけでしっかり心うたれた。

小次郎の菊之助さんは、身体が若武者の形になっていて、足をきちっと揃えられた姿には、決まったと思いつつ、こんな若者の命を戦は容赦なく奪うのだとすでにほろりとしてしまう。さらに、平家の敵陣からは笛の音が聞こえてきて、それを耳にした小次郎は、公達はこんな美しい音色を奏でるのだと感心する。この若者には、美しいものは美しいと感じる時間は残されていないのである。小次郎は初陣の手柄をめざし敵陣に突入していく。

近頃、歌舞伎の被り物の生き物の動きが良くなったように思える。この場も馬が活躍するのであるが、すこぶる動きが良い。熊谷の乗る馬、敦盛の乗る馬、役者さんを引き立ててくれる。熊谷直実の吉右衛門さんは戦場での気迫に満ちた馬上の人として現れる。小次郎の初陣を心配してのことであるが、その辺は胸の内である。それゆえ、負傷した小次郎を助け出した時は、小次郎を隠し足早に立ち去る。

直実は敦盛を呼び止め引き戻し、小次郎と同じ若武者と知って逃がそうとする。しかし周囲にさとられ、敦盛も覚悟のうえのことなので討たれることを所望する。ここで、敦盛が実は小次郎で、入れ替わったことに気がつき直実は動揺する。観ていると、菊之助さんは敦盛に成りきっていて、この場では、むしろ観る方も敦盛と騙されてもよいのだと思えた。熊谷は、自分の息子と重ねてこの場に臨んでいる。そう思わせる。菊之助さんと吉右衛門さんの演技は二人だけが真実を抱え込んだ戦場の親子の姿であった。ここで真実が解らなくても<熊谷陣屋>を観たときそうであったのかと思えれば芝居の物語性は壊れはしないのである。

吉右衛門さんはその後の悲しみも深く押さえられ、静かに亡き人の鎧、兜などをかたずけられる姿に運命をかみしめる無常観が感じられた。敦盛の許嫁である玉織姫がめも見えなくなった死の淵にありながら、敦盛の顔が見たいと言い、見て安心して亡くなる姿も物語の悲哀を一層深くした。<陣門><組打>だけの場で、敦盛であっても、小次郎であっても、戦の空しさは変わりようがないと思わせてくれる。菊之助さんは、東の若武者と公達の若武者をきちっと演じわけられた。

『神田祭』は、明るく賑やかに菊五郎さんの粋な鳶頭と、それぞれの味を見せてくれる芸者五人衆の時蔵さん、芝雀さん、高麗蔵さん、梅枝さん、児太郎さんの踊りである。

手古舞もあり、ナマズの山車が出てきて、鳶頭がナマズを押さえつけてしまう。舞台の神田祭りで威勢よく地震を鎮めてしまおうとの趣向であろうか。お祭りは、やはり晴やかな気分にしてくれる。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です