たばこと塩の博物館

「たばこと塩の博物館」で、隅田川関連の浮世絵展をやっていると知り、訪れる。軽く考えていたら、なかなかしっかりした展示であった。

<隅田川をめぐる文化と産業 ー浮世絵と写真でみる江戸・東京ー>

江戸時代の浮世絵の中の隅田川、行徳の塩浜で生産された塩の流通経路としての隅田川、さらに近代産業の工場が立ち並んだ隅田川と大きく三つにわかれている。

浮世絵のほうは、隅田川での庶民の遊興の様子、隅田川伝説、歌舞伎などの隅田川物などの関連浮世絵で、また一つ浮世絵を見る視点をもらった。

川には両岸があるわけで後方に何があるかで、人がどちら側に立ち、後方や前方の鳥居、塔の先端、森で三囲神社(みめぐりじんじゃ)、浅草寺、待乳山などと、そこに立っている人物になれるのである。

江戸の人がどんな風景を眺めていたか、描かれている人はこちらを向いているが、見ているこちらが、描かれている人の振りむいた時の目になっているのである。

風景は変化しても神社、仏閣が残っているため、隅田川は江戸時代が想像しやすい場所でもある。

多人数の遊興図には、春は花見のため鮮やかな緋毛氈(ひもうせん)を担いだ人がいる。これは、この後千葉市美術館(「初期浮世絵展」)へも行ったのであるが、一つの浮世絵に二人の緋毛氈を担ぐ人がいて、女性も担いでいた。楽しいときは、小さい毛氈であれば、私が担いでいきますよと言ったのかもしれない。一応自主的行動派と解釈しておく。

浮世絵と歌舞伎役者は切っても切れない関係であろうから、職人さんたちも歌舞伎役者が演じているのかと思わせる粋で格好よいのである。

女性の振袖が大きくゆれていたりするが、新春歌舞伎座での『廓三番叟』で、親造松ヶ枝の種之助さんの振袖がよくゆれて、絵師であればあのゆれを描くであろうなと思って見ていたので、やはりである。一人美人図は静止であるが、隅田川などを背景にすると、やはり動く様子や気持ちも表したくなるであろう。

肩にかかった白い手ぬぐいが肩から後ろに流れている。そんな時は背景の小さな旗や煙などが風で流れている。隅田川の風のさわやかさが伝わってくる。散る花とか、そこには人と空気の動きがあるのだ。

千葉市美術館での解説にもあったが、絵は高価であるが、その絵を庶民が安価に楽しむために版画という手法が考えられたというのが凄い。それも高度の職人さんの手を経てである。

隅田川といえば川開きや花火もある。庶民の楽しみと浮世絵はこれまた切っても切れない関係である。

隅田川にまつわる話しは、浅草寺のご本尊が三人の漁師によって隅田川で引き上げられたこと、在原業平が都を想ったところ、梅若丸伝説の残る場所でもある。

梅若丸伝説の水神に柳の植えられた梅若塚が遊興の場の絵にも重要な位置をしめている。

そして、歌舞伎の隅田川物に『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』がある。久松の姉・土手のお六夫婦が本所小梅でたばこ屋をいとなんでいて、三代目歌川豊国の浮世絵では、土手のお六の夫の鬼門喜兵衛衛がキセルをくわえながらたばこの葉を刻んでいる。

ここでやっと整理できた。『野崎村』は、近松半二作の『新版歌祭文』の一部。『お染の七役』は、『新版歌祭文』を新たに書き直した四世鶴屋南北の『於染久松色読販』の一部なのである。文化文政時代に早替りがはやり、南北さんがお染の早変わりとしたのである。なるほどそういうことか。豊国さんの絵で整理できた。

渓斎英泉さんの風景画『江戸八景 隅田川の落雁』の浮世絵もあった。隅田川が下流から上流に流れ、筑波山をめがけて雁の群れ飛んでいく。手前は三囲神社がありその前をキセルをくわえた馬方がのんびりと歩いている。風景画の英泉さんは構図もしっかりしている。怖いお栄さんに「この構図はだれとだれのだね」と言われないことを願う。まあお栄さんは「みんなそこから始るのさ」とも言うだろうが。

歌川国芳さんの『両国夕涼之図』は藍摺りと呼ばれ、歌舞伎役者が藍色の夏の装いでの花火見物であるが、この藍色は西洋から輸入された藍色染料を多用して摺られたとある。藍色の染料を輸入していたのである。

『たばこと塩の博物館』であるから、たばこに関する常設の展示もある。そこで刻みたばこがあった。髪の毛のような細さのたばこである。これも凄い技術である。それをたばこ入れに入れるわけである。これまた新春歌舞伎『源氏店』の蝙蝠安の自分のたばこ入れにたばこを押し詰める場面を思い出す。

たばこ入れを作るお店には、自分の気に入った柄の布を選んで作ってくれるように布地も置いてあった。

遊女の使っていた長いキセル、護身用のキセルなども展示されている。

キセルとなれば、新春歌舞伎では<浜松屋の場>の弁天小僧菊之助である。

たばこと歌舞伎も切り離せられない。十二代目団十郎さんの沢山のキセルを持った助六と二代目吉右衛門さんの立派なたばこ盆を前にする工藤祐経の写真もあった。

さらに塩である。日本には岩塩はないわけで、塩田である。舞踊などで『汐くみ』などがある。こちらは、業平さんの兄の行平さんが出てきて、優雅な踊りである。しかし、実際の塩田の塩作りは重労働である。

大変見どころの多い博物館である。今回は隅田川の浮世絵を中心にである。

千葉市美術館は「初期浮世絵」なので、広重、北斎、英泉、国芳の時代まで整理したいところであるが、時代的には二代目團十郎から七代目團十郎までつなぐようななものなのである。

「初期浮世絵展」だけでも、三分の二で疲れはてた。しかし美術館ショップで杉浦日向子さんの『百日紅』と出逢えたのでやはり呼ばれたのであろう。

鎌倉国宝館でも浮世絵展をやっており、2月には、太田美術館も改修工事がおわるので、この際であるからなんとかクリアーしたいものである。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です