劇団民藝『33の変奏曲』

劇団民藝は知らなかった事、考えておかなくてはなどの事柄に灯をともしてくれつつ演劇を楽しませてくれますので、今回はどんな芝居であろうかと好奇心がわきます。

ベートーベンが、ディアベリの作ったワルツをもとに33の変奏曲を作ったという事実に基づき、どうしてなのだろうという疑問から展開していくお芝居です。西洋のクラシック音楽は苦手です。音の組み合わせから情景を想像したり情感を言葉に表すというのは至難の技です。

憎まれ口がまた出てきますが、野田秀樹さんの歌舞伎『野田版 桜の森の満開の下』のラストで音楽が流れて音が大きくなるにつれて涙が出てきまして、「野田さんこれはズルいですよ。」と思って高揚の気分の中にいました。音楽ってそういう効果があるのです。そういう怖さもあります。

演出家の丹野郁弓さんがパンフレットのなかで、自分の演出のときは音楽は最小限度しか使わないと書かれていて、丹野さんらしいなと思いました。ただ今回は生のピアノ演奏を使われ、音楽の力に「どっぷり甘えてみよう」との試みでした。

こちらは、音楽の力よりも台詞の力のほうが作用して丹野さんの試みに応えれなかったことが残念ですが、最初の<主題>のディアベリのワルツが、聴きやすい音楽でいいな!と思っていたら、めちゃくちゃけなされて、やはりこれは駄目だと小さくなってしまいました。ただこれは回復する結果となりますが。

ディアベリという人は作曲家なのですが、その作り出す力がないため楽譜出版もしているのです。自分の作ったワルツをもとに、五十人の音楽家に作曲してもらいそれを出版しようという企画です。ベートーベンはそれを33曲も作ってしまうのです。耳が聞こえなくなる状況の中で。ディアベリは一曲で充分だし、ベートーベンの秘書のシントラ―も身近で世話をしつつ、もっと大きな作品に力を注いでほしいと思っています。

この時代から飛んで現代、音楽学者キャサリンは、どうしてこの変哲もないディアベリのワルツからベートーベンが33もの変奏曲を書いたのかを研究しているのです。ただ彼女は難病に犯されていて肉体は変容していくのです。心配する娘のクララと恋人のマイクをよそにキャサリンは研究に心を躍らせています。観る側も推理劇のように謎解きを楽しみます。

ニューヨークに住むキャサリンは病の身で、ドイツのボンにあるベートーベンの資料のある資料館にいくのです。そこにはキャサリンの謎解きの資料が埋まっていて、資料館に勤める司書のゲルティはキャサリンのよき理解者として自分も一緒に謎解きに参加してキャサリンを支えるのです。

母娘関係が難しいながらもクララは、心配のあまりボンの母のそばにきます。それぞれの関係も変容していきます。

こちらは、台詞ではわかるのですが、音楽ではわからないというこまった症状です。猪野麻梨子さんの素敵なピアノも、それがベートーベンのどういう心の内を表しているのかというベートーベンとの一体化ができなかったということです。

ベートーベンとキャサリンは、生き方としても音楽のなかでも一体化できたのでしょう。変容する肉体と心の在り方において。それはわかりましたのでそれで満足することにします。これは、名を残した人も普通の人も、最後に向かう肉体と心の変容の過程時間をどう刻んでいくかの命題でもあります。

その一例を『33の変奏曲』は提示してくれたのです。そこで、浮かんだのが池田学さんの絵で、大きな宇宙や自然の驚異のなかでも、より良い変容をこつこつと営んでいる人々が無数に今存在しているということです。そう、こつこつ、こつこつと変容しつつ。どう変容するかを探りながら。

ベートーベンもキャサリンもそれを支える人々もコツコツコツコツと生をいとなんでいたのです。そこに何か心躍るものをみつけながら。

近頃、アマやプロの無料の音楽会で演奏を聴かせてもらっていまして、マンドリンの音がこんなにも優しくて繊細な音だったのかということを発見し、音楽に対して少し変容したかなと嬉しくなりました。

ベートーベンの音楽がもう少しわかっていれば、もっと躍動感があったのかもしれませんが、台詞だけでこれだけ感じれたのは役者さんたちの技の賜物です。ベートーベンの音楽をわかる方が観たらどう想われるのか知りたいところでもあります。

作・モイゼフ・カウフマン/訳・演出・丹野郁弓/出演・キャサリン(樫山文枝)、クララ(桜井明美)、マイク(大中輝洋)、ゲルティ(船坂博子)、シントラ―(みやざこ夏穂)、ディアベリ(小杉勇二)、ベートーベン(西川明)

紀伊國屋サザンシアターTAKASIMAYA(新宿南口)10月8日(日)まで

 

劇団民藝で上演した『野の花ものがたり』も人の最後の過ごし方の一つの選択肢を提示していました。鳥取市でホスピス「野の花診療所」を開かれている徳永進さんをモデルにしていまして、終末期の患者さんとどう寄り添っていけるのかということがテーマでした。

ひとりひとり違うわけで、ものすごく重いテーマですが、避けられない問題です。こういう方法もあるなと思わせてくれるのは、一つの灯りになりました。

作・ふたくちつよし(徳永進『野の花通信』より)/演出・中島裕一郎・出演・杉本孝次、大越弥生、加塩まり亜、藤巻るも、白石珠江、和田啓作、松田史朗、桜井明美、野田香保里、箕浦康子、安田正利、横島亘、新澤泉、みやざこ夏穂、飯野遠

 

 

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