歌舞伎座 四月歌舞伎『西郷と勝』『裏表先代萩』

  • 今月の歌舞伎座は地味である。それだけにどのように観せ、どのように聴かせるかが難題である。『西郷と勝』は特に江戸城無血開城に向けての西郷隆盛と勝海舟のやりとりがいかなるものであったのか、どうお互いの想いが一致することができたのか。今回は、真山青果作『江戸城総攻』をもとに、かなり改訂されている。よいほうに改訂されているとおもいます。聴いていると勝つと負けるということの意味が逆転して返ってくるようで、ぐっと胸にせまりました。後ろの方のすすり泣きが伝わってきます。

 

  • 勝海舟(錦之助)は、山岡鉄太郎(彦三郎)と会い、慶喜をどうする気だと聞かれ、勝は慶喜にはとにかく生きてもらい、新しい日本を見てもらうのだと答えます。その秘策も勝にはあり、山岡は納得して駿府の西郷のもとに出立します。旧東海道の新静岡駅から少し南に「西郷・山岡会見跡の碑」があり、この会見でほぼ根回しされていたという意見もあります。西郷周辺の中村半次郎(坂東亀蔵)と村田新八(松江)は激しく口論している。すでに、品川、内藤新宿、板橋は総攻撃のため集まっているのに、西郷は門の外で鰯売りと長屋の人々との喧嘩をみているというのである。なんと呑気なことか。

 

  • 西郷隆盛(松緑)にとって、この喧嘩こそ大事なことであった。勝海舟が現れいよいよ話し合いとなる。西郷は自分が東海道を下って来て感じたことを話す。富士山、江戸の広さ、鰯売りと長屋の人々の喧嘩。明日のことなど考えも及ばず、いつものように生活している人々がこの広い江戸にどれだけ大勢いることか。もし、江戸総攻撃があれば、この人々は戦火のなかである。江戸だけではなく、戦争というものの実態が浮かび、原爆をも想起し、胸が熱くなった。

 

  • 西郷は、さらに、負けると思っていた戦にどんどん勝ってしまい、そのとまどいも話す。決して勝ったことにおごり高ぶってはいないのである。勝海舟も日本が二分して外国の介入をさせてはならないと説く。そして、勝海舟もこんな気持ちの良い負け戦はないと告げる。西郷の話しを聞いていた中村半次郎と村田新八も西郷の考えを理解し、三方の陣屋に総攻撃中止を伝えるために去るのである。松緑さん聞かせました。これってどこかで醒めてしまうと単調になるし、かといって熱くなりすぎても西郷の大きさが出ないしで、なかなか難しい長距離の台詞ランナーでしたが乗り切られました。錦之助さんも、主張すべきことは主張し、西郷の語りたいところは語らせ、自分があなたのことを充分に理解しているという信頼感を出し、二人の握手する姿にはその火花の熱さがしっかり伝わってきました。西郷隆盛と勝海舟、考えさせてくれます。

 

  • 裏表先代萩(うらおもてせんだいはぎ)』。「先代萩」といえば、伊達家のお家騒動を題材にしていて、乳人の政岡が執権の仁木弾正一味から鶴千代君を守るという話しであるが、それを表の話しとすれば、市井の人々にもその関係がつながっていて、裏の話しがあるとしている。表の悪を仁木弾正とするなら、裏の悪は誰か。町医者の大場道益・宗益兄弟は仁木弾正に鶴千代君を殺すための毒薬の調合をたのまれる。この兄弟も悪であるが、仁木弾正に対峙する裏の悪は、道益の下男・小助である。仁木弾正と小助の表裏の悪を演じるのが、菊五郎さんによる二役である。

 

  • 裏表先代萩』となっていますから、裏の悪から見せていきます。大場道益宅から始まり、道益(團蔵)は下駄屋に奉公するお竹(孝太郎)をくどいているがお竹はいやがっている。道益と宗益(権十郎)は薬により大金を得ており、小助はそれを知っていてお金を手に入れようと企んでいる。都合がいいことにお竹が父に金策をたのまれ、道益からお金を借りる。ところがその前にお竹は小助に言われ道益に借用書を書いていた。それが、道益が殺されお金が奪われた時にお竹に嫌疑がかかり、この裁きの場面が、「先代萩」の対決の場をお白洲の場面で展開するという形となる。仁木弾正と細川勝元の対決が、小助と倉橋弥十郎(松緑)との対決となるわけである。

 

  • では表はどうなるのか。お白洲の前に表が入ります。政岡(時蔵)、鶴千代(亀三郎)、千松の場面があり、千松が毒入りのお菓子を食べ苦しがり八汐(彌十郎)に殺される場面がある。栄御前(萬次郎)、冲の井(孝太郎)、松島(吉弥)と揃いしっかり表舞台も構成されている。床下で荒獅子男之助(彦三郎)と鼠との場面から仁木弾正の不敵な出となりゆっくりと花道を去っていく。小助⇒ 仁木弾正⇒ 小助⇒そして外記左衛門(東蔵)を狙う仁木弾正となり、援護された外記左衛門に討たれてしまう。細川勝元(錦之助)の登場で、お家騒動も無事収まるのである。鶴千代の亀三郎さんと千松の子役さんは台詞もはっきりと重い雰囲気の御殿の場で頑張られていた。

 

  • 毒薬が武家と庶民の悪をつなぐ、裏表の先代萩である。菊五郎さんの裏と表の悪の違い。人が良さそうでいてしたたかな小助が面白い。亡くなった息子の前で悲嘆にくれる時蔵さんの政岡の赤の着物が哀しくうつる。着物の色だけが一人歩きしない役柄の力というものを感じさせられた。この裏話は三世、五世尾上菊五郎が練り上げていった作品だそうで、観客を喜ばせる工夫を常に考えていたのでしょう。昔も今もその心意気は続いています。

 

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