歌舞伎座 5月團菊祭 『雷神不動北山櫻』『女伊逹』

  • 雷神不動北山櫻(なるかみふどうきたやまざくら)』。成田山開基1080年、二世市川團十郎生誕230年とあり、舞台で海老蔵さんの口上があり、市川家と成田山とのご縁が語られる。この芝居は、二世團十郎によって大阪道頓堀で初演(1742年)され、のちの歌舞伎十八番の『毛抜』『鳴神』『不動』の三演目が入っている。『毛抜』と『鳴神』は単独でも愉しませてくれる面白さがある。その繋がりが観客にわかりずらいのではと、海老蔵さんが演じる五役のパネルで解説も加えられる。わかりやすい解説で、芝居自体も見せ所を上手く配分していた。

 

  • 『毛抜』は、粂寺弾正(くめでらだんじょう)、『鳴神』は、鳴神上人、『不動』は、不動明王が主人公である。他のニ役は、早雲王子安倍清行であり、この五役を演じられるのである。悪役は早雲王子で、帝位を狙っている。安倍清行は早雲王子が帝位につくと世の中が乱れると予言。鳴神上人の行法により妃は見事男子誕生となる。早雲王子は余計なことをしおってとばかりに鳴神上人を追放。都は日照り続きである。鳴神上人が北山の滝に竜神を封じ込めたためである。雨ごいのためには短冊「ことわりや」がひつようである。短冊は小野家が所持している。

 

  • 粂寺弾正は文屋家の家老で、文屋豊秀の婚約者である小野春道の娘・錦の前がなかなか輿入れをしないのでそれを促しに行く。小野家は春風が短冊を持ち出し、錦の前は奇病で困り果てている。粂寺弾正は小野家の執権・八剣玄蕃の悪行をさらけ出し、これを成敗する。朝廷は鳴神上人のもとに雲の絶間姫を遣わす。雲の絶間姫は鳴神上人が封じていた竜神をはなち見事雨をふらせる。鳴神上人は怒り狂うが、不動明王によって静められる。

 

  • なかでも面白く良い出来と思ったのは『鳴神』である。雲の絶間姫が亡くなった夫を偲ぶその語りにはウソがない。だますためであると知っているのに観ている方も、雲の絶間姫の話しに聴き入ってしまう。夫とのなり染め。夫のもとへ川を渡るとき裾を持ち上げる雲の絶間姫。驚きの声を発する鳴神上人の弟子の黒雲坊と白雲坊。鳴神上人は、思わず魅せられ身を乗り出し壇上から転げ落ちる。ここからが、雲の絶間姫の落とすともなく落としていく手管と、おなごの体に初めて触れて自分が今まで感じたことのない本性に目覚めていく鳴神上人の破戒への過程である。菊之助さんの雲の絶間姫は、みぞおちを押さえて仮病を装うのが騙しであるが、あとはなりゆきですという感じである。それに比して、新しい知識でも得るように、これは何、これは何と魅了される海老蔵さんがこれまた新鮮さを満喫する鳴神上人といった感じで可笑しい。黒雲坊(市蔵)と 白雲坊(齊入)の相づちの入れ方が上手い。

 

  • 絶間姫は、滝のしめ縄が竜神を封じ込めているのだと知ると、仕事人となる。ここからは、冷静に役目遂行に徹する。しめ縄を切り落とせるところまで登り、ついに竜神を放つのである。登る竜神が鮮やかな輝き。さーっと花道を去る絶間姫。あの美しい出の夫を想う姿はウソでした。騙された鳴神上人。あんなに用心していたのにと、自分にも腹立たしいであろうと思える怒りまくりである。人間なぞ全部地獄に落ちろの想いでしょう。新しい立ちまわりが目立ちました。この鳴神上人の怒りも、早雲王子の悪心も不動明王によって静められ、そこには不動明王が静かに鎮座されている。

 

  • 毛抜』の粂寺弾正は、團十郎さんのようなおおらかさが欲しいと思った。今年は十二代目團十郎さんが亡くなられて五年目の團菊祭でもある。顔のつくりからして海老蔵さんは、笑われせることに腐心されてるように思えた。今回は小野家の内紛がわかる場がある。八剣玄蕃(團蔵)とそれに対する秦民部(彦三郎)の間に留めに入る腰元・巻絹の雀右衛門さんが入って、この場がぴしっと決められ、この芝居がおおきくなった。安倍清行が女好きであり貴族のつっころばしのような役どころで笑いをとるので、粂寺弾正の役どころを考えた方が五役の変化の面白さがでたように思える。そういう意味では、十二代目團十郎さんの芸に思い至る芝居ともなった。

 

  • 女伊逹』は時蔵さんで、今、快進撃である。あらゆる役に挑戦され、それが見事にきっちりはまっている。それだけに、女だてらに脇差を差し、二人の男伊達と喧嘩となり、さらにクドキも加わり、立ち回りもあるという華やかで賑やかな踊りを楽しませてくれる。男伊逹は若手であるが、種之助さんの下駄で走っての花道の出は難しいであろうが先導の押さえどころを決め、橋之助さんも身体に踊り込んだ感じが出て来ている。ベテランの吸引力に負けじとぶつかっていく風は気持ちよいものである。

 

 

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