浅草散策と映画(3)

  • 浅草に戻るには何処からもどろうか。市川真間まで行ったので、永井荷風さんが晩年14年間暮らした市川市本八幡からにする。市川市文学ミュージアムで『永井荷風展 ー荷風の見つめた女性たちー』(2017年11月3日~2018年2月18日)があった。作品のモデルになった方や荷風さんが交流した女性達を、「明治、大正、昭和という激動の時代のなか、女性たちがたおやかに、したたかにに生きていった姿を、作品をとおして見つめ直します。」という視点である。荷風さんは市川から、浅草のロック座やフランス座に通われ楽屋へもフリーパスで入られていた。文化勲章を受章され、踊り子さんたちが祝賀会を開いてくれ、真ん中で嬉しそうに微笑んでいる写真もあった。ところが、文化勲章をもらってから偉い人であるとわかると、これを利用する踊り子さんもあってトラブルにもなったようで、それからは、浅草へ行っても小屋へは行かず公園のベンチに座っている姿が見られたということで、なんとも心寂しい風景である。

 

  • 無くなってしまった浅草・国際劇場での松竹歌劇団SKDの舞台がでてくるのが、映画『男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく』である。SKDの舞台が国際劇場の本物であるだけにこれは貴重な映像である。寅さんのマドンナ、SKDの花形スター・紅奈々子役がの木の実ナナさんで、踊りも抜群なのでSKDの設定も無理がなく、レビュー場面や団員さんにも溶け合っていて役とのつなぎ目に違和感を感じなくて済むのが助かる。映画も松竹であるから、舞台撮影も贅沢に映すことができたのであろう。小月冴子さんは、さすが風格がある。浅草国際通りと名前があり、国際劇場に出ることは、スターを意味していたのである。山田洋次監督が映画にしたのが1978年で国際劇場が閉館になったのがその4年後の1982年である。奈々子はさくらの同級生で、二人ともSKDに入るのが夢であった。その夢を叶えた奈々子は結婚して踊りを捨てるかどうかで悩んでいた。さくらの倍賞千恵子さんが実際にSKD出身というのもよく知られているところであるがSKDも1996年に解散している。

 

  • 永井荷風さんが通った、京成八幡駅そばの飲食店「大黒家」も閉店らしく、浅草の「アリゾナキッチン」、「ボンソアール」も閉店である。これからも浅草は経営者の老齢化などもあり、どんどん変わっていくのであろう。六区街の大衆演劇の劇場・浅草大勝館も無くなってドン・キホーテのビルになっている。そもそも浅草に映画館がないのである。『男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく』での冒頭の夢の場面では、寅さんが宇宙人であったということで、トレードマークの衣裳もカバンもキラキラしている。SKDのレビューのキラキラさに合わせているのであろう。さくらの夫・博(前田吟)の勤める町工場の経営が思わしくなく慰安旅行ができなくなり、国際劇場のレビュー観劇になってしまうのも下町らしく、九州からでてきた青年(武田鉄矢)が一度国際劇場でレビューを観たかったというのも、浅草国際劇場へのあこがれを伝えてくれる。

 

  • SKDの団員が踊る場面が映画『男はつらいよ』にもう一本ある。『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』(1982年)の冒頭夢の場面である。国際劇場閉館の年である。場所はブルックリンで、札付きのチンピラのジュリー(沢田研二)が唄う周囲で踊るのがSKDである。対する正義の味方はブルックリンの寅である。ジュリーは逃げ、柴又の家族と仲間に迎えられてレビューのように階段を上がる寅さんであった。この夢の場面に悪役として定番で出演していたのが、時代劇のベテラン悪役・田中義夫さんである。『男はつらいよ 幸福の青い鳥』では旅回りの人の良い座長さん。その田中義夫さんが、<ひゃら~り、ひゃらりこ、ひゃり~こ、ひゃられろ>の『新諸国物語 笛吹童子』ラジオ放送劇の主題歌とともに現れる映画がある。映画『夢見るように眠りたい』。映画製作のお金がなく、モノクロでサイレントという手法でかえって面白い映画となっている。

 

  • 夢みるように眠りたい』は、1955年代(昭和30年代)の浅草が舞台で、私立探偵・魚塚甚のところへ、月島桜という老婦人から誘拐された娘・桔梗を探して欲しいとの依頼がある。そのことを頼みにきたのが桜の執事(吉田義夫)で、魚塚の助手・小林少年がラジオで「新諸国物語 笛吹童子」の主題歌を聴いているときなのである。吉田さんは、映画「新諸国物語 笛吹童子」で悪役で出演していて、映画好き好きを思わせる演出である。桔梗の名もある。サイレントで台詞は字幕だが音楽と効果音は流れるのである。犯人からの謎のメッセージがあり、ゆで卵を食べつつ謎の場所を探し当ててゆく。江戸川乱歩風。

 

  • 仁丹塔、花やしき、地球独楽、縁日、M・パテー商会。M・パテー商会で、これは映画に関係あるかもとピンときた。やはり次は電気館の映画館である。そこで上映されていた映画に、渡されていた写真の桔梗が映っていたのである。映画は途中で終わりそこへ警官がきて上映中止になってしまう。その映画でも桔梗はさらわれ、それを助ける黒頭巾の剣士が魚塚であった。未完に終わった映画「永遠の謎」は女優主演映画で、警視庁の検閲により女優主演はまかりならぬと撮影中止になったのである。魚塚は桔梗を探すことが映画「永遠の謎」の結末を探すことなのだと理解する。その結末を聴いて老婦人・桜は安心して ≪夢みるように眠る≫ のである。桜が安心できる結果までの複線も上手く展開していく。(1986年/脚本・監督・林海象/美術・木村威夫/佳村萌(桔梗)、佐野史郎(魚塚甚)、深水藤子(桜)、松田春翠、大泉滉、あがた森魚)

 

  • 仁丹塔もない。映画の花やしきの人工衛星の乗り物も変ったらしい。花やしき一度は行かなくては。独楽に丸く金属の輪がついてるのを地球独楽というのだ。林海象監督のデビュー映画。協力者に大林宣彦監督の名前もある。佐野史郎さんの初映画出演、初主演映画で状況劇場を退団しどうしようかという時。知る人ぞ知るアングラ劇団の役者さんがでているらしい。活弁士の沢登翠さんもちらっとでてくる。深水藤子さんは、好きな映画『丹下左膳餘話 百萬両の壺』(山中貞雄監督)で、左膳が用心棒で居候する矢場のお久として出演されていて、山中貞雄監督のフィアンセであったともいわれている。『夢みるように眠りたい』は40年振りの映画出演ということで、これを実現した無名の林海象監督の力は大きい。脚本を読みこれならと思われたのであろう。フランス座出身の渥美清さんも出てきたことでもありますし、次は北野武監督の浅草の出てくる映画となりますか。

 

  • 映画『菊次郎の夏』は、子供と大人のロードムービーで、子供の名前が菊次郎と思っていた。子供が羽根のついた空色のリュックを揺らし駈けてくる。おっ!菊ちゃん張り切ってますねと見ていたらどうも映画の始まりではないようで、プロローグのようで、次に可笑しなタイトルが映る。そして二人の少年が学校帰りで、浅草の街を走るのである。千束通り、ひさご通り、六区、伝法院通り、浅草寺の正面を横切って二王門から出てくる。走っていたり、そうであろうと思う一部分の映像であったり、通り的にはつながっていない部分もあり、映像的な編集もされているであろう。浅草は、横路に入ったりし自由に歩きまわるほうが楽しい。

 

  • 今の二王門は塗り替えたのか造りかえたのか新しい赤い色である。この門を出て真っ直ぐ歩いていくと、隅田川にぶつかる。夜は、昼の喧騒とは違い人がほんのまばら。隅田川にぶつかると、派手ではない細いブルーの灯りの東武線の鉄橋がみえる。その上を電車が通る風景は、東京なのに郷愁をさそう。撮り鉄さんか、写真を撮るひとがいる。そこから、吾妻橋に向かうと喧騒がもどる。隅田川のたもとで主人公の少年は、かつて近所だった、お婆ちゃんのお友達のお姉さんに会い、「正男くん!」と呼ばれる。えっ!この少年の名前は菊次郎ではなく正男くんなのだ。お姉さんの横には男がいて夫らしい。

 

  • 菊次郎はこの夫婦のおじちゃんのほうの名前であった。正男くんはおじちゃんとの旅からこの場所にもどって、「おじちゃん!おじちゃんの名前なんての。」と聞くとおじちゃんは「菊次郎だよ。馬鹿野郎!」といいます。普通、こういう映画のタイトルは子どもの名前でしょう。普通ではないおじちゃんなので、最後までゆずらない。いいだろう。ちゃんと最初にいい場面で出してやっているんだから名乗りは俺にきまってるだろう。ばーか。と言われた気分である。まあそれくらい普通ではないことを考えつくおじちゃんですから、正男くんにとっては大変な旅でした。でも正男くんによって、菊次郎も一つの夏を越えることができたのでもありますが。

 

  • 負けず嫌いのおじちゃんでもあります。泳ぎ、シャグリング、タップと出来ないことは嫌だとばかりに練習します。頭を下げることなど絶対にいやなのである。正男くんには、一度「ごめんな。」といいます。お金がないので何でも人からくすね取ることになります。夜店の射的では、射的では落ちない大きな飾り物のぬいぐるみを落として買い取らせたりと笑えます。ホテルでのおじちゃん流の遊び方。正男くんのちょっとほあんとして眠そうな眼差しなのが何とも印象的で、このくらいでないとおじちゃんにいちいち反応していたらおじちゃんとの旅は続けられません。正男くん、涙を流したあとは、おじちゃん流の遊び方で笑顔になり、羽根のついたリュックを揺らし、天使の鈴の音を鳴らしながら、走るのです。菊次郎に、母に逢おうと思わせたのも、母をたずねる正男くんとの旅だったからです。正男くんもいつか、ふたたび、お母さんと会おうと思う日がくるでしょう。その時、菊次郎おじちゃんとの旅の話をするであろうか・・・。

 

  • (1999年・脚本・監督・北野武/音楽・久石譲/ビート・たけし(菊次郎)、岸本加世子(菊次郎の女房)、関口雄介(正男)、吉行和子(正男のおばあちゃん)、大家由祐子、細川ふみえ、 麿赤兒、 グレート義太夫、井手らっきょ、今村ねずみ、ビート・きよし、THA CONVOY) 北野武監督の絵がファンタジーで色が綺麗で映像の色も明るい。久石譲さんの音楽も正男くんの動きや心情にぴったりと寄り添う。天使の鈴のデザインが篠原勝之さん。タイトルデザインが赤松陽構造さんでこういう専門があるのを知る。映画『哀しい気分でジョーク』(1985年・瀬川昌治監督)は、たけしさんが、落ち目のタレント役で、息子が母に会いたいというのでオーストラリアまで別れた奥さんに会いに行く。息子に脳腫瘍がみつかり、それでなくても上手く気持ちを伝えることのできない父親ができるだけ息子と過ごす時間をつくり、旅にでるのである。ラスト、人気タレントとして歌う場面が観れるという美味しい場面のある映画でもある。

 

  • 昨年の2017年の九月に初めてOSKレビューを観劇した。OSKはSKDの姉妹劇団として大阪で誕生した歌劇団である。出会ったばかりなのにトップスターの高世麻央さんが、今年の7月新橋演舞場の『夏のおどり』(7月5日~9日)がラストステージだそうで、早いお別れである。暑い夏のひとときキラキラの楽しい時間をいただくことにする。観劇のあとは、浅草もいいかな。

 

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