『没後50年 藤田嗣治展』(東京都美術館)

  • 『没後50年 藤田嗣治展』(東京都美術館)終わり一週間前なので混んでいるのは覚悟でして行ったのだが、入場は並ばずに入れた。とにかく史上最大の大回顧展ということなので流れがわかればよいと力まずに観覧することにした。「Ⅰ原風景ー家族と風景」で、『父の肖像』があった。嗣治さんの父上は軍医でもあり、森鴎外さんとも知り合いであるということを文京区の鴎外記念館で知った。嗣治さんは鴎外さんに父とともに訪れ、学校をやめてパリに行きたいがどうでしょうと意見を求めている。鴎外さんは学業を終えてからにしなさいといわれ、嗣治さんは鴎外さんの意見に従う。

 

  • 鴎外記念館で、コレクション展『東京・文学・ひとめぐり~鴎外と山手線一周の旅』を開催していた時で、『藤田嗣治展』があるということもあってか、その関係が少し展示されていて、そこだけ印象に残ったのである。「鴎外と山手線一周の旅」は範囲が広すぎた。そして浅草がなかったのでなおさらサラリで終わってしまった。美術館で嗣治さんが描いた『父の肖像』がすぐにあったので、このかたがお父上かと注目してしまった。父・藤田嗣章(つぐあきら)さんは、森鴎外さんの後任として陸軍軍医総監になっている。

 

  • 東京美術学校(東京藝術大学)では、黒田清輝さんらに教えを受けている。黒田清輝さんはフランス留学帰りで印象派の光の当たった絵を描かれていて、東京都美術館の近くには『黒田清輝記念館』があり無料であるが、代表作の公開は期間限定であるので注意されたい。黒田清輝さんというと、熊谷守一さんの先生の一人で『へたも絵のうち』に書かれている青木繁さんのことが浮かぶ。

 

  • そのころに美術学校には変わった人がたくさんいて、青木繁さんが変わり者であった。絵をかいていて黒田さんが入って来るとすーっと教室を出て行くのだそうである。「あんなヤツに絵をみてもらう筋合いはない、という意思表示なのです。」それも戸をわざと音をたててしめてでいくのです。熊谷守一さんも黒田清輝さんは、どちらかといういと政治家だから、美術学校には役立ったでしょうが、絵はあまり感心しませんとしている。

 

  • 黒田さんも、絵を志す青年の気持ちはわかるのか自分の描き方はおしつけなかったとし、青木繁さんの態度にも、別に怒りもせず知らぬ顔をしていたようである。こちらが黒田清輝さんの絵を観るとさすがフランスで印象派を学ばれたかたの絵であるとおもって観てしまうが、才能のある人はそう単純ではないようである。黒田清輝さんが政治家になったとき、政治家は大変でしょうと聞かれて、美術界の集まりに比べればたいしたことはないと言われたと書かれたものを読んだことがある。納得してしまう。政治家のほうは損得で動きそうだが、画家はそう簡単には動かなさそうである。

 

  • 藤田嗣治さんも、新しさを求めてパリへ行き、パリっ子も羨望し感嘆するあの「乳白色」を見つけ出すのである。それまでの貧しい時代には、自分の回りにある物を絵にしていて、その細やかな線や色にも目がいく。モディリアーニの長い顔とかユトリロのような真っ直ぐな建物の街角、ゆがんだ街角など、吸収すべき技は貪欲に学んでいる。そのうえで独自のものを見つけるのである。北米、中南米、アジアを旅すればそこの土地の色を見つけ出し、土地の人をとらえる。日本に帰り戦争時代である。そして最後は宗教画となるのである。

 

  • 藤田嗣治さんのこの技に対する貪欲さと才が、あの戦争絵に反映しているように思える。『アッツ島玉砕』などは、こんな死に方をしなくてはならないなんて戦争は嫌だとおもう。『サイパン島同胞臣節を全うす』なども民間人が自決する絵である。なんと戦争とは悲惨なことを強いるものなのだとおもう。しかしその時代には、逆なのである。国を守るためには皆この心構えで戦わなくてはいけないのだ。前線では皆お国のために、このように身を捧げているのだとなるわけである。

 

  • そのことが戦後、問題となってくる。それだけではないようだが詳しくはわからない。画家として絵に対する技の追求の想いがあったことはたしかである。それと日本を離れていたので、ここで日本人にならなければという想いもあったのかもしれない。戦争責任問題で彼は失望し日本を離れる。その後何処へ行っても藤田嗣治の絵の人気は高かった。

 

  • 一つの場所に集められた一人に画家の多数の絵の変化には、やはり驚きもあり、興味深かった。一人の画家から、どうしてこんな変化にとんだ絵が出来上がるのであろうかと不思議におもう。マジックにかかっているみたいである。秋田県立美術館の『秋田の行事』も思い出してしまう。あそこにも藤田嗣治さんの色と雪国の人々がいた。才をあたえられ、さらに技を磨いて、華々しく開花したゆえに、生き方が難しいということもあるのだろう。

 

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