歌舞伎座『盛綱陣屋』

盛綱陣屋』は、小四郎の後ろに父・高綱がおり、盛綱は弟・高綱と小四郎を通して会話しているのがわかる。それだけ小四郎は高綱を背負ってここに登場しているのである。先が長いので早くから子役さんを褒めて負担をかけたくはないが、『盛経陣屋』を面白くさせた勘太郎さんの功績は大きいのである。盛綱である仁左衛門さんの芝居をじゃますることなくむしろ盛綱が高綱の気持ちをさぐる深さを押していた。

 

敵味方に別れて戦う兄弟の盛綱(仁左衛門)は、弟の高綱の息子・小四郎(勘太郎)を自分のほうに捕らえた。ここは大人の世界で思案し、高綱が息子のことを気にして闘う意欲をそこなわれないように小四郎に自害させようとする。小四郎を説得する役目を母の微妙(秀太郎)に頼む。小四郎は母に一目会いたいと逃げまどう。それはここで死ぬことは無駄死にと知っていたからである。自分には果たさなければ役目がある。それが終るまで見抜かれてはならない役目である。

 

ここは観客も子供だからと思って母に逢いたいのであろうと観ている。その役目をわかってもらえるのは、父の首実検をする伯父の盛綱しかいないのである。その伯父に、父の贋首を父・高綱の首と言わせるまでのアイコンタクト。オペラグラスからのサイレント映画のアップである。高綱の首ではないと知ったときのほっとし様子から、さらに不敵な笑みとなる仁左衛門さんの気持ちの変化。真顔になって小四郎をうかがう。小四郎の左手は刀を刺したお腹に、右手は支えとして床についている。そして首をゆっくりと横に振っている。小四郎は何を言おうとしているのだ。そうかそういうことか。「高綱の首に相違ない。」

今回は二回観ることになったが何回観ても生身のサイレント映像は見事である。どう編集しようと絵になっている。

 

小四郎を讃えよと小四郎に会いに来た母・篝火(雀右衛門)に会わせる盛綱。当然、高綱の妻・篝火と盛綱の妻・早瀬(孝太郎)も敵味方であるが、一族、心を一つにできる機会を小四郎は作ったのである。悲しいことである。女たちの嘆きはもっともなことである。なんでこんな悲しい場に居合わせなければいけないのか。褒めてやらなければ小四郎の死を無駄にすることになる。なんという不条理であろうか。

 

盛綱は、高綱の意を解し、小四郎の自死の行動を見て北條時政(歌六)をあざむき自分も切腹することを決心する。ここは腹芸なので小四郎の死後、そうかそう決心していたのかと観客は理解する。贋首とわかれば許されない。時政の後に従った息子の小三郎(寺嶋眞秀)の命もあぶないのである。気持ちを決めて一族で小四郎を見送り、高綱へのエールとするわけである。兄弟敵味方である以上どちらかが滅びなければならない。いや戦である以上両方が滅びるかもしれない。それがこのようなかたちとなって出現したのである。

小四郎を生け捕った時盛綱は小四郎の犠牲だけであとは大人の世界と思っていたのかもしれない。ところが大人の世界観だけで世の中は存在しているわけではない。

 

時政はぬかりなく用意周到で盛綱が裏切ることも考慮し密偵を鎧櫃に隠していた。それを知らせくれるのが和田兵衛秀盛(左團次)であり、盛綱は贋首とわかるまで生きのびることを決めるのである。

 

『盛綱陣屋』は陣屋内での戦さを描いている。そのため注進が外の戦を主人に知らせる役目で、観客にも見えない戦さの様子を知らせる役目でもあり、芝居のその後の展開の変化の風を変えたりする。竹下孫八(錦吾)、信楽太郎(錦之助)、伊吹藤太(猿弥)。そして時政の威風を伝える家臣たち。古郡新左衛門(秀調)、四天王(廣太郎、種之助、米吉、千之助)。

 

『中村七之助特別舞踏公演』で、中村屋ヒストリーとして映像と解説が入る。解説というよりもっと身近な内輪話しという雰囲気である。そこに歌舞伎座で勘太郎さんが小四郎の出を待つ後ろ姿の写真が紹介されたのであるが、その姿にすでに中村屋を背負っている姿があった。

 

父の勘九郎さんは『いだてん』のテレビ出演で、七之助さんは中村屋のお弟子さんを連れての巡業中で、勘太郎さんは一人歌舞伎座出演ですと、七之助さんが話された。小四郎役を観ていたので、その重責をしっかりと自覚しているような後ろ姿である。小四郎を演じられる年代のときに小四郎役が回って来るということはまれである。その機会をしっかりつかんで自分の役になりきっている。勘太郎襲名の時の映像でも同じく襲名した長三郎さんの挨拶の言葉を横でそっと口ずさんでいる。その場その場の重要性を勘太郎さんなりに感じられているのであろう。

 

長三郎さんはハチャメチャのやんちゃさで、ほっといていますと言われ、その様子がわかる。わんぱくがいて嬉しいところもある。岐阜・中津川 かしも明治座は冷暖房無しの劇場だそうで、行かれる方は寒さが厳しい日もあるので気温調整に気を付けて下さいとのことでした。ご注進にてお知らせします。

 

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