12月歌舞伎座『新版 伊達の十役』(3)

栄御前の夫は管領で将軍の次の位なのです。その人が下されたお菓子を千松は食べてお菓子箱を蹴散らすのですから、許される行為ではありません。毒を仕掛けておいてそれが発覚する前に千松ののどを八汐は刺すのですが、千松の無礼な態度として八汐の行為はゆるされてしまいます。

政岡は千松の様子を見れば毒が入っていたのはわかります。とにかく若君の命は助かったのですから下手な抵抗はせずにじっと耐える政岡の猿之助さん。難癖をつける機会を狙うように、千松ののどを懐刀でえぐる八汐の巳之助さん。じっと見つめている栄御前。

弱々し気に声を上げる千松の右近(市川)さん。誰も手出しができません。ついに千松は息絶えます。母と子の忠義は完結します。忠義にはいつも犠牲が伴います。

千松と二人になったとき、政岡の嘆きのくどきがはじまります。竹本は葵太夫さんで、三味線は鶴澤宏太郎さん。猿之助さんのくどきは三味線にのっていました。現代の演劇からすると大げさでおかしいと思うかもしれませんが、これが義太夫狂言の見せ場で、この独特のリズムに乗せた演技で観客の心をゆさぶるしかけなのです。

鶴千代の松本幸一郎さんも、千松の右近さんも行儀よく務められました。顔のつくりもよかったです。右近さんはじっとしているのは大変でしょうが、竹本と猿之助さんのセリフを毎日耳にすることでどこかに蓄積され、いつか何かにつながるかもしれません。

さて後半は「間書東路不器用(ちょっとがきあずまのふつつか)」となり清元となります。

よく考えたと思います。お家騒動の原因でもある、足利頼兼が寵愛した高尾太夫は亡くなっているのです。それをおしえてくれるのが大阪から来た尼僧の猿弥さんと弘太郎さんです。大磯で高尾の墓参りをしようとしているのです。そこに飛ぶのかと笑ってしまいました。このお二人は、尼僧の弥次さんと喜多さんです。

猿弥さんは『図夢歌舞伎 忠臣蔵』で口上をしているのですが、息の長いのに気が付きました。どこで息継ぎしているのかわからないところがあります。なめらかな弁舌はそれも関係しているのでしょうか。

弘太郎さんは珍しい女形ですが、もう少し世間一般の女形を次に期待します。

頼兼は花道で駕籠から姿を現しますが時間がありませんので駕籠から出ないで弾正一味に連れ去られます。ではあの伽羅の履物はとなります。それを三浦屋女房が届けようとしていたときネズミの若武者の玉太郎さんが現れるのです。それが平塚花水橋です。またまたでました。

そうそう頼兼が姿を見せた場所は鴫立沢で西行さんが「心なき身にもあはれはしられけりしぎたつ沢の秋の夕暮」と詠んだ場所です。

江の島の弁財天前での道哲の猿之助さんの踊りには魅了されます。尼僧の妙珍と妙林は道哲に弁当を盗まれたのですが、同じ僧だからと許します。まったくのんきなおふたりですが、このややこしい人間関係の中に出てきて気分転換をしてくれるのですから不思議な力の持ち主さんたちです。

ところが祈りのほうは手を抜いたのか、高尾太夫のお墓にお参りしてくれたようですが、高尾太夫は成仏できずに亡霊となってあらわれるのです。

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