12月歌舞伎座『新版 伊達の十役』(5)

1986年の『伊達の十役』の映像から八汐の上方の型を紹介しておきます。

八汐が千松ののど元に懐刀を刺します。そしてえぐります。さらに懐から鏡を出して懐刀の頭をたたくのです。驚きました。そこに解説が入り、めずらしい上方の型だといわれました。初めて見ました。八汐は三代目實川延若さんです。

懐刀の持ち手の先で、そこを右手で持った懐鏡で打つのです。もちろん千松は苦しがります。そして、八汐はその鏡を開いて、左後ろの政岡をのぞき見るのです。

見られているのがわかった政岡は解いていた懐刀の紐を締め直すのです。ここが一つの見どころでもありますが、この型のほうが政岡が紐を巻くきっかけがつかみやすいようにも思えました。紐を巻いて懐刀をぐっと収めることによってさらに感情の起伏をおさえるのです。そのきっかけをどのあたりに持ってくるかがしどころの計算のいるところです。

政岡の感情の流れの母として若君に仕える者としての葛藤の比重は、役者さんによって違うと思いますが、くどきとのバランスからがありますので今回の当代猿之助さんは良かったと思います。

子役さんのセリフが一本調子でおかしく感じた方もいるでしょうが、これが古典歌舞伎の子役さんのセリフの言い方なのです。最初はこれはなにと思いますが、慣れてくるとこのほうが可憐におもえてくるのですから不思議です。

この奥殿の場で様式美的で好きなのが、八汐が千松を手にかけたとき局の沖の井と松島が、懐刀に手をかけ抗議して打掛を翻して横向きになるところです。くるっとそろって向きを変えます。きましたとおもいます。

この『伊達の十役』は『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』を基にしてます。『新版 伊達の十役』もそこを大切にしました。奥殿(御殿)の場では有名な「飯炊き(ままたき)」があります。政岡は警戒を自分でご飯を炊いて若君に差し上げるのです。茶道具を使って炊きます。これがまた政岡の見せどころなわけです。今回はありませんし、やったりやらなかったりです。

2019年8月納涼歌舞伎で、『伽羅先代萩』がかかり七之助さんが初役で政岡で「飯炊き」もされました。七之助さんの政岡は芯の強さが透けて見えるような感じでこれまたよかったです。勘太郎(千松)さんと長三郎(鶴千代)さんも長いのによく頑張っていました。仁木弾正と八汐が幸四郎さんで、巳之助さんが荒獅子男之助した。あの頃はまさか喜多さんの政岡と二木弾正らを観ることになるなど予想だにしていませんでした。

これからも予想のつかない若手の活躍が一層必要とされています。皆さん覚悟はかなりありそうです。

DVDの竹本は葵太夫さんで、いかに伝統芸能というものの芸の山道が長いかが思い致されます。

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