映画『はじまりのみち』

映画監督木下恵介が作った映画『陸軍』のラストシーンが戦意高揚にそぐはないと、次回作の制作を中止させられてしまう。『陸軍』のラストシーンは息子を兵隊に送る母の複雑なやるせない気持ちを抱え、行軍する息子の後を追う長いシーンである。それが当時の政府からすれば女々しいということなのであろう。辞表を提出した木下は浜松の実家に帰り、脳梗塞で倒れ療養している母をもっと安全な場所へ疎開させる。バスで移動すると母の病気に障りがあると判断した木下は、母をリヤカーに乗せ移動することにきめる。言い出すと自分の意思を通す恵介の性格を知っている家族は、協力する。

ここから家族を動かす様子は、映画監督木下恵介の映画を作る行動もこうであろうと想像がつく。兄が一緒に同行し荷物を運ぶ便利屋を雇う。ゆっくりと病人を運ぶリヤカーに着いて行くのであるから、この便利屋にしてみれば予想外の行動で愚痴がでる。恵介は不愛想で兄が助監督のようにその間を取り持つ。母は名女優である。監督の言うままに静かに微笑みをもって恵介に従う。途中でこの便利屋が兄から今何が食べたいと聞かれ、カレーライスが食べたいとその盛り付けから食べる仕種まで名演技を披露する。

恵介はこの便利屋を快く思っていない。兄は恵介が映画監督であったことを話そうとしたとき、恵介はそれをさえぎったため、便利屋は恵介が映画館に勤めていたと思っている。便利屋は恵介に映画『陸軍』を見て、ラストシーンに感動し涙したことを話す。自分の母もあの映画の母と同じ涙を流すのだろうかと、自分の涙を拭う。この便利屋こそ恵介が観客に伝えたかったことを感じ取ってくれていたのである。

無事母を疎開先に連れて行くことができ、便利屋は恵介に仕事がなかったらいつでも来るように伝え、元気に帰ってゆく。一つの映画が完成し、母は恵介に自分の本来の仕事に帰るように筆談で伝え、恵介の自信を取り戻させる。

『花咲く港』『陸軍』『わが恋せし乙女』『お嬢さん乾杯』『破れ太鼓』『カルメン故郷に帰る』『日本の悲劇』『二十四の瞳』『野菊の如き君なりき』『喜びも悲しみも幾年月』『楢山節考』『笛吹川』『永遠の人』『香華 前篇/後編』『新・喜びも悲しみも幾年月』の映像が流れる。それらの映画の何処かしらに、この母の疎開の旅で経験したことが織り込まれている。

私には、母と子の美しい関係よりも、監督と観客(カレーライスの便利屋さん)との関係のほうが面白かった。もちろん家族に支えられての木下恵介監督の存在であるが、映画と観客の関係は、このカレーライスの便利屋さんと同じで、時には文句をいいソッポを向き、こちらが分かるものかと高を括ればしっかりと分かってくれていたりするものである。木下恵介役の加瀬亮さんは、自分の思う映画を作れない時代の鬱屈と頑なさを、丁寧に演じられていた。カレーライスの便利屋さんの濱田岳さんは、庶民の気ままさと、好いものは良いと感じる素直さを加瀬さんとは対象的にぶつけていて作品を面白くしていた。母の田中裕子さんは体と言葉が不自由なだけにその眼差しは聖母のようである。

ユースケ・サンタマリアさんのお兄さんがつぶやくように「こんな正直な人達は見たことがない」という両親と、その親に育てられた家族の話でもある。

『花咲く港』と『わが恋せし乙女』『新・喜びも悲しみも幾年月』は見ていない。

監督・脚本・ 原恵一

 

 

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