こまつ座公演 『イーハトーボの劇列車』

宮沢賢治は、凄く宗教的ストイックな感じがして苦手であった。若い頃、作品に触れたが童話も詩も「雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ・・・」のストイックさがインプットされていて、周り道をするような、簡単に考えてはいけないような、素に触れられないような感じである。井上ひさしさんは、誘い方が上手く、笑わせながらも、幾つかある本質の少なくとも一つは表してくれるので、この公演を観劇できて幸いであった。アレルギーが弱まったようである。

ただ、観劇の前に映画『宮沢賢治 その愛』をDVDで見ておいた。賢治さんは短期間に色々なことを実行され挫折し、また始めているので、その苦悩も生き方もその一つ一つを追っていくと、こちらも混乱をきたすのである。映画は見ておいて良かった。映画自体も面白かった。

『宮沢賢治 その愛』 監督・神山征二郎/脚本・新藤兼人/賢治・三上博史、父・仲代達也、母・八千草薫、妹トシ・酒井美紀、弟清六・田中実

賢治と父との葛藤。宮沢家は古着屋・質屋である。その家業が貧しい農民からさらに搾取しているとして賢治には納得できない。さらに、浄土真宗の父と法華経信仰の賢治は対立する。詩や童話を書きつつも、実行あるのみと、農業にも従事する。さらに、農業の生産性の肥料の研究、それだけではなく農業労働をするものにとって芸術も必要であると、音楽を聞かせたり、演劇もとりいれたいと、自分の理想を実行していく。しかし、その資金は父親から出してもらうのである。その負い目と宗教的観点から菜食主義で、米に塩の生活である。のちに宮沢家は家業を金物業に変えている。実際には弟の清六が質・古着商をやめ、建築金物・電気機械の販売を始めている。一番の理解者は妹のトシである。賢治より2歳下で日本女子大に進み、兄の言わんとしていることが解るのである。ところが、トシは25歳で肺結核のため亡くなってしまう。妹トシの死は、賢治の作品や生き方に大きな影響を与えている。そして、賢治は39歳で生を閉じる。母に「そんなことをしていたら死んでしまいます。死んだら何にもならないでしょう」と言われ、最後に父には「賢治、おまえはたいしたもんだ」と言われ、家族の情愛を受けての賢治自身の<その愛>でもある。

これだけの流れが解れば、井上さんの本の芝居はまず台詞を楽しむことである。『イーハトーボの劇列車』は賢治を中心とした一つの宇宙である。現実には、賢治は仲間に入ろうとするのであるが賢治の理想は受け入れられずはじかれることも度々である。劇中では、他の人が賢治に自分の生き方や考えをぶつけることによって、賢治がそれに答えていき、賢治の考え方を理解する形となる。悲しい結果にはなるが賢治が理解出来る生き方の人、考え方が自分と違う人もいる。井上さんは明らかに生き方も考え方も違う登場人物に対し、笑いをもって<なんかちがうな、それでいいの>と疑問をなげかける。その人の筋が通っていればいるほで、どこかでほころびてくる可笑しさ。

賢治と父の宗教論争は、それをやるんですかと恐れ入ってしまった。でもそこはそこ、論争にハエが加わる。父は邪魔ものとしてハエを叩き潰そうとする。それは、賢治の宗教観をも、論破することと一致している。賢治は父の質問に答えつつ、いかにそのハエを逃がしてやるか、様子をうかがっている。答えることが目的ではなく、ハエを逃がすことのほうが重要なのである。この設定も賢治の生き方を違う意味で照射させている。このあたりが、井上さんの二重に面白いところである。賢治は父の誘導にはまってしまい、再び花巻に帰ることになる。この花巻から上野までの何回かの列車の旅は、賢治にとって、人との触れ合いの場であり、死にゆくものたちの一瞬の光を受ける場でもある。

賢治は自分を<デクノボー>であると告げる。そして、自分に頑強な肉体があったら、立派で強い日蓮上人を求めたであろうが、頑強な肉体ではないからデクノボーの日蓮上人でいいのだと言い切る。あくまでも弱い立場の方に自分を置いているのである。そして皆と一緒に「イーハトーボの劇列車」に乗るのである。この<ボ>はデクノボーの<ボ>のような気がしてきた。

歌は比較的少ない。その分、台詞が面白い。風の音がすると「風の又三郎」などがふうっーと浮かぶ。それと岩手弁が文字ではなく音となって伝わるのが心地よい。宮沢賢治の作品も音読があう作品である。宮沢賢治は周囲の思惑を考えに入れない強引さもあったようで、ストイックでありながら、やられっぱなしではなく、また進み、人として偏屈なところもあり安心した。

井上芳雄さんの賢治は、野畑の中を這いずりまわる賢治ではなく、どこか、遠くをみつめつつ人と争わず自分の理想を置き土産としておいていくような、疲れた少年や人々を共に連れ立ってふうっーと消えてゆくような賢治であった。

作・井上ひさし/演出・鵜山仁/演奏・荻野清子/出演・井上芳雄、辻萬長、木野花、大和田美帆、石橋徹郎、松永玲子、小椋毅、土屋良太、田村勝彦、鹿野真央、大久保祥太郎、みのすけ

 

 

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