ドラマ・リーディング『死の舞踏』

朗読劇である。台本を持っての台詞のバトルである。スウェーデン出身の脚本家・ストリンドベリの作で、まさしくバトルであった。バトルを繰り広げたのは、仲代達矢さん、白石加代子さん、益岡徹さんの三人である。

老夫婦の夫と妻は、お互いに反目しあっている。観客が思うにこの夫婦は相当長い時間お互いの相容れない部分の突っつき合いをしているらしく、時には、その修練の見事さで笑わせられる。 仲代さんの夫は、のたりのたりとソフトな感じで語りかけ、妻はそんな手に乗るものかと、ポンポン返してゆく。妻は自分の言葉が夫の言葉に吸い取られて雲散霧消にされないようにと警戒しつつもじわじわと攻撃を起こす。

そんな二人の間へ、友人のクルト・益岡さんが加わる。二人はクルトを自分の理解者として引きずり込むための会話へと変化させていく。何が噓で何が事実なのか。クルトは二人に翻弄される。観客も翻弄されるが、この毒気の可笑しさはどこから来るのであろうか。白石さんの気鬼迫る言葉の激しさが次第に快感になってきたりする。にこやかに噓を隠している人よりも、自分の悪をさらけ出す人のほうが愛すべき人なのかもしれない。表面を繕うことの虚しさまで感じさせるのである。

そんな妻に、夫はクルトの人生さえも掌握したように見せかけ、実はそれが噓であったという筋書きまで作るような人である。したたかに見えないでいて軽くかわす夫。それでいて、男としての威厳も主張する。

夫婦二人は、クルトを味方にしようとしていたのか、単なる二人の餌食として食い殺すことに喜びを感じていたのか。夫がなくなってからの妻の独白。夫婦の<憎>は実は<愛>だったのか。

バトルの後のワルツが最高である。

人間は美辞麗句に飾り讃えられるより本質を暴かれた方が素晴らしいワルツを踊れるのかもしれない。

『百物語』を続けられた白石さんだけに、言葉の抑揚に狂いはない。台本は手放してはいけないし、覚えていながらも台本を見続けなければならないという状況に挑戦された仲代さんは、演技が少し加わり動けるところでは、水を得た魚に見え笑わせてくれる。益岡さんは、二人の夫婦と名優に翻弄されながらも、何んとか自分を保ち、二人を客観的に見据え、自分精神と身体を静かに二人から引き離すことに成功したようである。

【 45分 <休憩> 60分 】のドラマ・リーディングは劇的で、2ラウンドが一段と白熱であった。

ラストのお三人が優雅で素敵であった。愛憎劇もかく美しく完結しえるのである。

原作・ストリンドベリ/上演台本・笹部博司/演出・小林政広

東京公演 博品館劇場 2015年2月17日~22日

新潟公演 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館  2015年2月24日、25日

 

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