歌舞伎座5月『摂州合邦辻』

『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)』<合邦庵室の場>。この作品に対する観る側の土台がやっとできた。それは、菊之助さんの玉手の無機質感が、この作品の基本を見せてくれたと言える。

お辻という女性が、後妻に入り、その家の先妻の子・俊徳丸と妾腹の子・次郎丸の家督争いから、この二人の子の命を守るという筋である。夫に話せば、次郎丸は殺されるであろう。そうさせないために、玉手御前(お辻)が考えた手段とは。そのことが明かされるのが<合邦庵室の場>である。歌舞伎であるから、色々な手が考えられる。妖怪をだそうと、忍術を使おうと奇想天外のほうが、さすが歌舞伎と喜ばれるかもしれない。そこを、芸で見せて納得させる作品の一つである。

次郎丸は先に生まれている。しかし、正室の子として俊徳丸が後から生まれ、家督は俊徳丸へ継がれるであろう。そこで、俊徳丸を殺す勢力が出てくる。玉手は二人の継母である。玉手はどちらも死なせるわけにはいかないと考え、俊徳丸をこの家から逃走させることを考える。その手段が俊徳丸に恋を仕掛け、業病を発症させる毒を飲ませるのである。世を儚んで俊徳丸は恋人・浅香姫とともにさまよい、玉手の親の合邦の世話となっている。

玉手は俊徳丸を探すため家出し、実家にたどり着く。父母は事の次第を知っているから合邦などは、いまいましい心持ちである。その合邦の気持ちを逆なでするように、俊徳丸に言い寄り、浅香姫に嫉妬する。ついに我慢できなくなった合邦は玉手を刺してしまう。ここまでの玉手の菊之助さんが、何かに取りつかれたような感じである。何を言われようと俊徳丸恋しいの狂気性を帯びている。花道の出から妖気が漂っていた。

玉手は、人目をはばかり、着物の右片袖を取り外し、頭から被っている。その着物の色が紫を少し含んだような濃紺である。人形浄瑠璃から始まっているから、人形使いさんが考えたのであろうか。袖の外れた右腕には、花模様の朱色の襦袢である。こういう衣装の色使いの発想が凄い。もしかすると、俊徳丸に対する本当の恋心があったのかもしれないと思わせる。現代でこれをやると見え見えの安っぽさになってしまう。頭から外されたこの片袖は、玉手の口説きのとき使われたりする。上手く使われそれが効果を出すのである。

筋は知っているが、その場では役者さんの演技に乗せられるて進むようにしているので、周囲の戸惑いがよくわかる。毒を飲ませたうえに、若い身とて、義理の息子に恋い焦がれるとは尋常ではない。親であれば情けなくて殺したくもなり自分も死のうと思うであろう。合邦はついに玉手に手をかける。玉手にとってこれが目的であった。寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻に生まれた女の肝臓の生き血を飲ませると俊徳丸の業病を治すことが出来るのである。自分がこの条件にあるので、俊徳丸に毒を飲ませたのである。それも、アワビの貝を盃にして。その盃で、生き血を飲ませるのである。俊徳丸は全快する。このアワビの貝の盃というのも面白い。<鮑の片思い>である。この盃を懐に抱き俊徳丸を探すのである。

もしかすると、継母としての親心だけではないかもと疑わせる色香が必要な役でもあるが、菊之助さんはそこまでは踏み込まず、人としての一心不乱の様を表した。

観るほうとしては、そこの基本まで伝えてもらえば、次の演じ手に期待するだけである。次はどなたであろうか。もしかすると菊之助さんかもしれないし。探しにいくのではなく、手ぐすね引いて次を待つことにする。歌舞伎は<鮑の片思い>の観客が沢山おられるので、役者さんも大変である。上手くいけば良し。気に添わなければ、今回は盃お返しいたしますてなことになり兼ねない。

俊徳丸が、継母の恩に報いるため、月光寺を建てるという。再度、浄瑠璃の床本を調べた。

「継母は貞女の鏡とも曇らぬ心は清(す)める江(え)に、月を宿せし操を直ぐに、月江寺(げっこうじ)と号(なつ)べし」とあり、<月光寺>ではなく、<月江寺>であった。<月江寺>は浄瑠璃が上演される前からあるお寺である。

「仏法最初の天王寺、西門通り一筋に、玉手の水や合邦が辻と、古跡をとどめけり」の<合邦辻閻魔堂>は、ゆかりのお堂として今も病気平癒を祈願する人々が訪れているようだ。

やはり、西方浄土を考えての位置設定をされたようである。俊徳丸は継母の玉手御前をきちんと西方浄土へ送り出す場所で平癒し、弔うのである。再度こちらに基本を納めてくれた舞台であった。

玉手御前(菊之助)、俊徳丸(梅枝)、浅香姫(尾上右近)、奴入平(巳之助)、合邦道心(歌六)、母おとく(東蔵)

大阪と江戸

 

歌舞伎座5月『摂州合邦辻』」への1件のフィードバック

  1. 旧東海道の保土ヶ谷から戸塚への権太坂をリベンジできた。これで半年ぶりに保土ヶ谷、戸塚間開通の感じである。権太坂を上りつつふと思った。俊徳丸は、合邦のところへはどうして行ったのだろう。床本を調べたら、<合邦庵室の段>の前に<万代池の段>がある。

    ここで俊徳丸は、乞食となっていて、夕暮れ時には『けふぞ彼岸の日想観、目は見えずとも拝せん』と西に向かって合掌している。ここが俊徳丸の<日想観>なのである。万代池も大阪の住吉に今も公園となって残っていて、やはり聖徳太子と関係があるらしい。
    そして、俊徳丸を訪ねる浅香姫、奴入平と会い、閻魔堂建立勧進の合邦と会う。合邦は俊徳丸を殺そうとする次郎丸から、西へ西へと逃げろと俊徳丸と浅香姫を逃がし、行き着くところが、合邦庵室である。なるほど、こちらは<万代池>から<合邦辻>である。

    横浜の県立神奈川近代文学館での『谷崎潤一郎展』の最終日に間に合いすっきりである。

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