映画 『父と暮せば』

原爆を主題とした映画の中で、多くの会話で構成されている映画が『父と暮せば』(2004年)である。井上ひさしさんの原作で舞台化され舞台のほうは観ている。これを映画にしたのが、黒木和雄監督である。

黒木監督は、『私の戦争』(岩波ジュニア新書)の本も出され、自分の戦争の体験と映画への想いを語られている。今、岩波ホールで黒木監督の戦争を題材とした映画が四作品と劇場初公開の短編が上映されている。そのチラシにも載せられているのが次の文である。

これは大事なことですが、私たちの現在の日常の中に「戦時下」のあの日々の姿が形を変えて、再び透けて見えてくるような危機感を私はいだきます。これが「昭和ひとけた世代」特有のとりこし苦労であることを願います。(「私の戦争」より)

 

黒木監督が映画化されたのは、舞台『父と暮せば』を観られ、海外でも公演されているが映画のほうがもっと多くの人々にこの作品を観てもらえると考えたからで、井上ひさしさんも自由に撮って下さいといわれている。

広島原爆から3年たち、1948年夏の火曜日から金曜日までの四日間の父と娘の交流である。実はこの父は広島原爆投下の日に亡くなっているので、幽霊ということになるが、途中で観客はそれに気がつく。なぜ幽霊なのか。戦争や大きな災害などを体験された方は、その現実を共有した人とではなければ、そのことを語ることが出来ないほどそれぞれの心に大きなものを抱えておられる。原爆病との闘いをしつつである。

娘は恋をするが、同じ原爆の体験をして亡くなった方達に、生き残ったことへの罪悪感や後ろめたさがあり、倖せになることを拒否してしまう。その娘の気持ちの解かる亡くなった父は、恋の応援団として登場し、娘の気持ちを全て話させるのである。

終戦から70年、話すことを拒まれてきた方々も、忘れられる戦争について、これではいけないのではと、思い出したくない気持ちを抑えられ話し始めておられる。

原爆投下から3年目の設定で、話し相手を父の幽霊としているのが、井上ひさしさんの被爆者されてこれから生きて行かれる方々への想いがある。

娘の恋する心から父は胴体が出来、手足が出来、心臓が出来て姿を現すのである。日常生活を共にしつつ、娘と父は語り合う。この会話は、井上ひさしさんが2年かけて調べ、被爆された方々の手記を読まれ、それらをもとにして組み立てられた言葉の数々である。舞台はその息遣いが伝わるが、映画は、その言葉が頭の中で、文字となってひと言ひと言が浮かぶ。

原爆の熱は、すぐ頭の上で太陽が二つあった熱さであり、爆風は音より速い。原爆かわら。熱さのためにかわらが溶けて毛羽立ってそれが冷えてトゲのように表面に残っている。水薬ビンが溶けてぐにゃぐにゃになりそれが冷え固まった形となっている。爆風でことごとく窓ガラスなどが割れ飛び散り人の身体に刺さったガラスの破片。これは、原爆記念館から借りて来られたのかと思わせるが、小道具係りの方が苦心して作られたもので、映像でみることにより想像を実感に近づける。

娘の恋人は、こうした品物や原爆の資料を収集し保存することの必要性を感じている。当時進駐軍の目が光り、図書館に勤務する娘は原爆の資料を集めることが、困難なことを知っている。

娘の恋人は岩手出身で、娘は民話の語り聞かせのボランティアを女専の学生時代からやっており、宮沢賢治が好きで特に詩が好きで、父に「星座めぐりの歌」を歌って父に聞かせる。父はエプロン劇場と称して一寸法師が、赤鬼のお腹の中で、原爆かわらでおろし器のようにお腹を傷つけ、人の身体に食い込んだガラスの破片で攻撃する。そして、自分で作った星の歌などを歌い、娘に様々の考え方のあることをそれとなく教える。

娘は、父との最後の別れから自分が生きて来た3年間を語り、父から、亡くなった者はその問題は解決済みで納得していることを語る。父の死後3年間、自分の生きてきた事を認めてもらい 娘は踏みだせるのかもしれない。

「おとったん、ありがとありました。」

広島弁が、何とも切なく、優しく、特別の響きがある。

娘の宮沢りえさんが、思いを込めて丁寧に丁寧に演じ、父の原田芳雄さんは、娘の細い美しい線を、いびつでもいい、太さが違ってもいいと介入していくところに父親の想いを込めている。恋人の浅野忠信さんの物静かさも、父と娘からの言葉で形作る人物像を浮き彫りにさせる。

美術監督が、木村威夫さんで、『紙屋悦子の青春』も木村さんであるが、台詞を邪魔せず、登場人物の位置関係の流れを生かす配置で、心も写す。

撮影/鈴木達夫、音楽/松村禎三

岩波ホール 8月1日~8月21日 <戦争レクイエム 黒木和雄監督>

『TOMORROW/明日』『美しい夏キリシマ』『父と暮せば』『紙屋悦子の青春』 (18時30分上映は『ぼくのいる街』併映)

 

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