歌舞伎座七月歌舞伎

昼の部『柳影澤蛍日火(やなぎかげさわのほたるび) 柳澤騒動』(作・宇野信夫)、夜の部『荒川の佐吉』(作・真山青果)なので、古典歌舞伎の時より気分は軽めである。

昼の部の舞踊が七月にふさわしい『流星』で、夜の部には荒事の『鎌髭(かまひげ)』『景清』である。『流星』は三津五郎さんの残像があり、『鎌髭』『景清』は新橋演舞場で公演されたときによくわからないと書いたような気がしているので、また、まずいことを書かなければよいが。

『柳沢騒動』は初めてで、柳沢吉保は歴史のなかでも好感度の良いひとではなく<騒動>であるし、どう描かれるのか好奇心がわく。吉保が浪人で本所菊川に住んでいるときは、くず屋に書物を売ろうとしてやめるという努力の人とも映る。許嫁と貧しいが仲良く暮らしている。父親思いで、五代将軍綱吉の「生類憐みの令」の犠牲となって父が亡くなる。

綱吉に仕えてみると幕府内部のいい加減さを目の当たりにしたのか、そいう手をつかうのかといったあざといやり方で出世の階段を昇っていく。志があってというよりも、ただ出世欲だけのようである。それも政治手腕に関係なく、人の弱みを見つけのし上がっていくのである。その経過は海老蔵さんがうまく引っ張っていく。

上りつめてはみたが砂上の楼閣のごとく、次第にがたがたと崩れていく。その知略の吉保も知らなかった事実が最後に明らかとなる。

尾上右近さんが菊川時代からおさめの方となっての変化の貫録ぶりがよい。吉保の奥方の笑也さん、お伝の方の笑三郎さんとおさめの方の違いが、髪型、衣装、立ち振る舞いではっきりして、おさめの方が自分の立場に不安を抱くのが納得でき、次の話しの展開に上手く乘った。東蔵さんの桂昌院は、もとは八百屋の娘ということもあり色欲をさらけ出すが、将軍の母であるその立場の工夫がほしい。

こういう芝居は騙されているからこそ蓋をを開けてのお楽しみが倍増するのである。それなりに面白いが、もう一つの方法として海老蔵さんの吉保さんどうせならもっと柔らかい非情さになってもよいのではないか。きりきりしているよりも、にこやかに笑っている人ほど怖いということもある。裏話をのぞくようなことだけではではなく、人間の悲しき欲に左右される人物像とはのひねりも欲しい。要求が多すぎ。

『荒川の佐吉』は、やくざの三下奴の佐吉が親分の殺されたあと、親分の娘・お新の子供・卯之吉を育てるが、卯之吉が盲目のためいずれは検校にできるお金のある実の親に返してやるのが卯之吉のしあわせと、自分は旅がらすとなって一人旅立つのである。こちらは力の強いものが勝つわかりやすい世界にあこがれながら、お金の力に左右される人の幸せにあえて屈して背を向ける佐吉の意気地である。

お新と政五郎親分に卯之吉に対する想いを語るところが聞かせどころで、猿之助さんそれまでの佐吉の口調とは違う声音で聞きやすくじっくりと聞かせてくれた。両脇の若い女性客は号泣されてた。

私は中車さんが心配でそちらにも目が行き時々鼻をつまらせていた。黙っている政五郎親分は、大きさのいる役で、緊張するであろうとお節介なことを考えていたのである。『柳沢騒動』の将軍綱吉も中車さんで、こちらは吉保に操られているのも知らずといった役どころで上手く役どころを押さえれれていた。時間とともに政五郎親分にもゆとりができるであろう。

『流星』は、軽やかさのある猿之助さんならではの踊りであった。舞台に雲がわき上がっていて、織姫がふわふわと雲の間からでてきて、牽牛と会えるのがなかなかロマンチックである。巳之助さんのたたずまいに青臭さが去り、立ち姿が良い。『荒川の佐吉』の大工辰五郎も庶民の情がある。尾上右近さんと巳之助さん舞台経験を積み上げられている時間をかんじる。

『鎌髭』と『景清』理屈っぽさがぬけ、不死身の景清ここにありである。源氏側も景清と知りつつ騙されてやろうとの愛嬌でそのやりとりも可笑しい。不死身である景清は恐いものなしで、殺せるなら殺してみろとばかり大仰である。三保谷四郎の左團次さんが一人真剣なのも荒事ならではのかたちである。

市川右近さんの入道役が面白く身についてきた。猿弥さん、『柳澤騒動』でお酒を飲み過ぎている間にライバル出現である。

『阿古屋』のパロディ的牢前での廓の再現。重忠にさとされて牢を破り自分の殻から飛び出す景清。今回の津輕三味線は強弱が上手くでて、景清の足踏みとも上手く合い相乗効果を出していた。余計なことであるが、海老蔵さんの声の気になるところがある。<はぁ>などの軽く抜ける箇所である。個人的な感覚であるのであしからず。荒事のなかにある幼児性の風も届く。

脇を固める役者さんたちも、役の雰囲気が短時間の出でも伝えられる力がつたわり観ているほうも芝居になじみやすくなった。

歌舞伎座のみならず地方でも次世代が、東コース、中央コースと暑い季節を頑張られていて頼もしい限りである。

 

 

 

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