すみだ北斎美術館

葛飾北斎さんの生まれて住んだ地の『すみだ北斎美術館』ができ開館しました。旅行会社のツアーにも入っていたので、日が立ってから行こうと思っていましたら、開館記念展がこれまたギリギリで行けました。

「北斎の帰還 ー幻の絵巻と名品コレクションー」の『隅田川両岸景色図』が目玉品で、100年ぶりに日本へ帰還した作品なのです。北斎さんと交流があった烏亭焉馬(うていえんば)さんが注文されたとのこ。

烏亭焉馬(うていえんば)さんというのは、落語中興の祖であり戯作者で、北斎と同じ本所相生町でくらし、五代目團十郎さんの大ファンでもあったようです。

隅田川両岸景色図』は絵巻になっていまして、<両国橋>から始まって、手前の岸に<柳橋><首尾の松、御米蔵><駒形堂>と続き対岸と結ぶ<大川橋>(吾妻橋)<浅草寺>、対岸に<三囲稲荷><長明寺>、手前に<待乳山聖天>、対岸に<木母寺(もくぼじ)>、そして<日本堤><吉原大門>となり、この絵巻は両国橋から吉原までの隅田川の両岸を描いているわけです。そして、吉原の室内の絵となり、真ん中に盃を持っている男性が北斎であるという説もあります。最後に焉馬(えんば)さんの狂文が書かれています。

吉原に進む客を乗せた駕籠の提灯の小さな灯が赤で描かれています。残念ながら混んでいてゆっくり見れませんでしたが、優しいタッチで絵の雰囲気はわかりました。展示前の壁にレプリカも展示されていてそちらでも楽しむことができました。

『仮名手本 後日の文章』『忠孝潮来府志』のように忠臣蔵の後日澤を焉馬(えんば)さんが書かれていてさし絵は北斎さんという半紙本もあり、庶民にとっての忠臣蔵の強さが感じられます。北斎さんは、吉良家の家老・小林平八郎の一人娘が鏡師・中島伊勢に嫁入りしその実子、あるいは養子との説もあります。

『当時現在 広益諸家人名録』には、名前と住所が書かれているのですが、<葛飾北斎 居所不定>とあるのが、北斎さんの引っ越しの回数の多さを思わせます。

興味ひかれるものは沢山ありましたが、『詩歌写真鏡 木賊刈』は、木賊(とくさ)を刈ってそれを束ねたものを肩に担ぎ橋を渡っている男が描かれているのです。国立劇場の伝統芸能情報館で公演記録映像の鑑賞会がありまして「人間国宝による舞踏鑑賞会」の中に、京舞井上流の井上八千代(四代)さんの「長唄 木賊刈(とくさかり)」があり、「木賊刈」には引きつけられました。木賊(とくさ)というのは、観賞用として、または砥石のように茎でものを研ぐことができるのだそうです。

長唄には、木賊から<磨かれ出ずる秋の月><心を磨く種にもと いざや木賊を刈ろうよ>などと、木賊のかけた詞がでてきます。もちろん井上八千代(四代)さんの舞は磨きぬかれたものでした。

井上流と言えば新派の『京舞』で知られていますが、ちょっと旅の途中での思い出があります。奈良に旅している時、新聞に祇園甲部歌舞練場で井上流の会があって、四代目のお孫さんの井上安寿子さんが、名取になってはじめての出演という記事が載っていました。電話で問い合わせると切符はあるということで、急きょ旅の日程を変更して京都へ。こういう時ひとり旅は拘束されずに勝手ができます。ずらりと舞妓さんや芸妓さんが並ばれていてお客さんをお出迎えで、古い建物に不思議な雰囲気でした。

安寿子さんが踊られる前になると、井上流の幹部さんというのでしょうか、先輩格の方々が立ち身で端で見られていて、終わると、表情をゆるめられ、中にはお互いにうなずかれる光景を目にしました。芸をみせる場所祇園を支える井上流ですから、継承者とされる方の踊りがどうであるか芸を支える方々としては、期待感があったのでしょう。祇園という場の艶やかさを越える芸の真摯さの怖さを感じさせられました。

公演記録鑑賞会には、京舞の手打ちの映像もありました。独特の華やかさと調子が見る者を魅了します。(そのほかの人間国宝の舞踊/二代目花柳壽楽・一中節「都若衆万歳」、吉村雄輝・地唄「桶取」、藤間藤子・常磐津「山姥」)

北斎さんの『元禄歌仙貝合 あこや貝』では、歌舞伎の『阿古屋』をかけて、中央に琴が大きく描かれています。シネマ歌舞伎の『阿古屋』の宣伝をされたようで、大丈夫です見に行きますからと、特別展を後にしました。このほか、常設展があるのですが、長くなりますから機会があれば。

この美術館美しい建物ですが、一つ問題があります。一階から三階までエレベーターしかないのです。階段が無いため、混雑するとエレベーターに乗るため並ばなくてはならず、時間が無い時は考え物です。急ぎますのでとは言えないのです。下り専用階段だけでも作ってほしかったですね。

さて、北斎さんの絵巻は個人の手から海外に流失して100年めに帰って来たのですが、国立西洋美術館の実業家・松方幸次郎さんが取集した<松方コレクション>は、戦争によってフランスの国有となったものが、日本に無償返還され、そのために国立西洋美術館が建てられたのです。

映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』は、<オーストリアのモナ・リザ>とまで言われていたクリムトの有名な絵『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ』が、ナチスに奪われ、このモデルである女性の姪であるマリア・アルトマンが裁判を起こして返され、海を渡りアメリカの美術館に納められたという実話をもとにしたものです。

クリムトの絵にそんな数奇な事実があったことも知らず、マリア・アルトマン役が名女優のヘレン・ミレンで、心の傷と葛藤しつつも凛として闘う姿を見せてくれます。絵も描かれた時代から時間を通過して、様々な歴史的環境の中をくぐり抜けてきているのです。

さてさて隅田川にもどり、木母寺となれば梅若丸となりましょうか。となれば、次はどこへ行くのかお判りのかたもおられると思います。では、そこでお目にかかりましょう。

 

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