映画『海辺のリア』からシェイクスピアへ

四苦八苦しております。

やはりシェイクスピアですか。苦手なんですよ。あの台詞。道化なども出て来て、その台詞がもっとわからない。もう少しストレートにはっきり言ってくださいよといいたいところです。いつかはサラッとでもなぞってみなくてはと、DVDは少しづつ集めていたのですが、今がやりどきなのかと多少覚悟した次第です。

フレッド・アスティアからオードリー・ヘプバーンとつながって映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』のレンタルで『ローマの休日』へと好い繋がりとなり順調だったのですが、シェイクスピアという岩盤が顔を出しました。

映画『海辺のリア』は、小林政広監督が仲代達矢さんをとにかくスクリーンの真ん中にドーンと撮りたいという映画です。そこにシェイクスピアの作品の台詞もいれて、<リア>とありますから『リア王』なわけでしょう。人物設定も状況も『リア王』を意識していて、その中心が認知症のかつての大スターというわけです。

『リア王』を御存知なら、それとの比較をして楽しむのもいいでしょう。知らなければ知らないで疑問に思ったり、はぐらかされたり、現実の認知症老人と家族の話としてはリアルさに欠けると思ったりしても良いでしょう。

とにかく舞台のような台詞劇映画とも言えます。主人公の桑畑兆吉は、かつては大スターだったらしく、そのために周囲は彼に振り回され、引退後は周囲が彼を振り回し、さらに彼も認知症ということで周囲を振り回し、さらにさらに観客のこちらも振り回されます。登場人物の主人公との関係を映画の進行に従って観る方は組み立てていかなくてはなりません。そうしつつ役者さんたちの演技力にもチェックをいれなければなりません。

振り回せなければこの映画の味もないことになりますから大いに振り回されましたが、認知症の桑畑兆吉は、認知症の世界の中で決めるんです。壁の中にいるのはいやだ。認知症の役者・桑畑兆吉を自分の納得した場所で、彼の中の観客に向かって演じることを。

バレーダンサーで振付師のニジンスキーが、精神障害となり病院生活を余儀なくされます。そこでの最後のインタビューで、一切言葉での反応がなかったのですが、最後に素晴らしいジャンプをして見せるという映像をみたことがあり、それを思い出してしまいました。桑畑兆吉の見事な台詞のジャンプでした。

観てからが大変です。オーソン・ウルズの映画『リア王』(監督・アンドリュ―・マカラ)をみて、雑誌『月刊 シナリオ』(7月号)に『海辺のリア』の脚本が載っているのでそれを読みました。映画はこのシナリオから変更になっている部分もあります。『ヴェニスの商人』の台詞も出てきたのを知って、アル・パチーノの『ヴェニスの商人』(監督・マイケル・ラドフォード)を観ましたら、シャイロックの亡き妻の名前がリアとあり偶然の一致なのか暗示なのかとちょっと気に係りましたがそこまでとします。

アル・パチーノさんもシェイクスピアはお好きなようで初監督作品に『リチャードを探して』というがあります。この映画は、『リチャード3世』を演じる俳優たちとの討論する場面もいれるというドキュメンタリー要素もあり面白い設定でした。

黒澤明監督の『乱』も見直しました。『リア王』の三人の娘を三人の息子に置き換えた日本版といえる有名な作品ですが、自然の雄大さ、戦闘場面、人物描写など観た回数だけ発見があります。『海辺のリア』の原田美枝子さんの長女、次女の黒木華さんが私はコーディリアではないと言い切り、長女の夫の阿部寛さん、そしてこの人はどんな関係なのかとそれこそ「あなたどなたさま」と思わされた小林薫さん。映画を観ていた時よりも人物像がはっきりしてきました。

圧倒的に仲代達矢さんが主人公の映画ですが、後になって台詞の少ない人物も気にかかって場面場面を思い出してしまいます。そして、84歳の仲代達矢さんに、観客が刀を使わない<果し合い>を挑んでいるようで嬉しいです。

小林政広監督と仲代達矢さんの映画はこれで三本になりました。『春との旅』『日本の悲劇』『海辺のリア』。『春との旅』は、孫の春に最後には生き方を教えるという好作品でした。『日本の悲劇』も今回見ましたが、こちらのほうは、日本の大きな社会性を一点に集中させました。リストラ、離婚、母の介護、東日本大震災、父の最後の選択。不幸なことが重なることは誰にでも起こりえることなのです。部屋に閉じこもった父の仲代さんのアップの表情の一つ一つが息子への気遣いであることがよくわかります。特に電話の音に耳をそばだてるのが、観る側の気持ちと一致します。

小林政広監督の『愛の予感』は、監督自身が出演していて台詞が全くない映像が続きますがじーっと見続けてしまうという映画です。

さてこんな映画鑑賞状況から、シェイクスピアさんの映画を今回は忍耐をもって一本一本見て行こうと思ったのも、桑畑兆吉さんの念力でしょうか。

追記 : 今夜(11日)7時からBSフジで「役者 仲代達矢 走り続ける84歳」があります。

日本映画があらゆる輝きを放っていた時代の中を歩かれてこられた役者さんですから、お話しが面白かったです。『果し合い』で佐之助が次第に忘れていた剣術を身体に思い出させていく場面など、現場での仲代さんの緊張感も見どころでした。

シェイクスピア映画の『ロミオとジュリエット』(1936年ジョージ・キューカー監督)に、ロミオ(レスリー・ハワード)の友人・マキューシオ役がジョン・バリモアさんでした。おしゃべりで陽気で、こんな役も演じていたのかと仲代さんの『バリモア』のしぐさを思い出していました。そして、桑畑兆吉さんはスター時代、喜劇も演じていたような気がします。

無名塾『バリモア』(再演)

 

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