歌舞伎・東コース『近江のお兼』『曽我綉俠御所染』『高坏』

  • 全国公立文化施設協会主催の松竹歌舞伎地方公演である。東コース、中央コース、西コースと三コースがある。あなたの近くの場所で歌舞伎が上演されるかもしれない。その東コースは、菊之助さんを座長として演目は『近江のお兼』『曽我綉俠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ) 御所五郎蔵』『高坏』である。6月30日から7月31日まで25ヶ所で上演される。観劇したが、暑い夏の観劇としては、初歌舞伎観劇者にとっても好い演目と思う。

 

  • 近江のお兼』 琵琶湖の東岸の野洲晒(やすさらし)の晒女(さらしめ)の踊りである。野洲晒は農家の農閑期の冬の仕事であったが、冬の季節にはせず夏であれば川でさらさら晒すイメージは涼を感じさせる。舞台背景は近江八景の堅田の浮見堂が描かれていて、堅田は琵琶湖の西岸であるが、一つの舞台に琵琶湖を凝縮して近江八景も含ませている。初演が七代目團十郎さんで長唄の中にも「色気白歯の団十郎娘」とある。お兼は力持ちでもあって、それを表すため暴れ馬を登場させそれを静めるという出だしもあるが、今回は、からみの若い衆を投げ飛ばすという出である。梅枝さんのお兼はきりっとした男勝りという感じである。

 

  • さらに力持ちを表すため恋のやりとりを相撲の取り組みに変わる唄なのであるが、ホールのためか長唄の歌詞が聞きづらくその点は残念であったが、男勝りの晒女が近江の風景のなかで若い衆を晒しの白布なども使って軽くいなすという爽やかさを感じて涼しさを楽しめばよいのではないだろうか。白布がゆれる様は水と風を思わせ、梅枝さんの佇まいも涼やかで娘ごころもほんのりとかもしだす。

 

  • 曽我綉俠御所染 御所五郎蔵』 短い花道での菊之助さんの御所五郎蔵と彦三郎さんの星影土右衛門との割り台詞と子分たちの渡り台詞で黙阿弥さんの七五調がたっぷり聞ける。ホールのため花道が短くそのため、菊之助さんと彦三郎さんがおそらく全てのお客様に見えたのではないだろうか。御所五郎蔵は侠客である。その姿も見どころである。本舞台に移っても台詞が耳に心地よく、二人の関係がわかる。二人の間に皐月という花魁の名前が行き来する。「鞘当(さやあて)」の様式となり、留めに入るのが甲斐与五郎の團蔵さん。京の郭という設定ですが、背景は吉原の桜の仲の町である。この桜ずっとあるのではなく季節になると桜の木を植えるのだそうである。

 

  • 御所五郎蔵はお金がほしいのである。旧主の恋人・逢州を身請けするためのお金である。そのお金の心配をするのが皐月で、お金を作るため土右衛門の申し出を受け、御所五郎蔵には「愛想尽かし」をする。これも遊郭での歌舞伎の定形でもあり、ここから殺しへと展開する。土右衛門のまえで皐月から愛想尽かしをされて、男がたたない御所五郎蔵である。ゆとりのあった出とは違う変わり目をじりじりと菊之助さんがあらわす。心配からお金の工面ができほっとして、本心を伝えられない皐月の複雑さを梅枝さんが押さえつつ伝える。いきり立つ御所五郎蔵を押さえるのが逢州の米吉さん。押さえが効いている。ただ止めるのではなく御所五郎蔵の気持ちを静めるという空気がでてきた。

 

  • 心傷める皐月に変わって皐月の打掛を着て土右衛門と出かける逢州。待ち受ける御所五郎蔵との殺しの見せ場。決めるところはきめて。美しい衣裳が殺しという陰惨な場に怪しい華やかさを広げることになりこれまた歌舞伎の様式美。歌舞伎と切っても切れない廓という設定のなかで、黙阿弥さんの七五調の台詞を絡んでの歌舞伎の定型が盛り込まれた舞台である。彦三郎さんは、まだ土右衛門の役になじんでいない感じがするが、声の豊富な役者さんなので次第に台詞と身体と役が合う点を上手くつなげて完成させていかれるであろう。萬太郎さんも子分役次第になじんできているがもう少し。橘太郎さんが、お金催促で五郎蔵についてまわり手に入りそうになっておじゃんに。そのながれを自然に御所五郎蔵に合わせる役柄はいつもながらの安心感。

 

  • 高坏』 勘三郎(十八代目)さんの得意の踊りで、さて菊之助さんはどうされるのか興味津々であった。菊之助さんの次郎冠者はほあんとした、どこか空気の抜けた感じで、大名の言っていることもしっかり捉えられず、その曖昧さから高足売りに難なくひっかかってしまう人柄である。ふわ、ふわとその場を生きていて、お酒もその調子でのんでしまい、その酔いがこれまたほあんと回って、あれ音が出ると高足下駄の音に、またまたほあんと乗って楽しんでしまうという感じで、菊之助流高坏だなと思わされた。なるほどこう来ますかである。勘三郎さんの『高坏』にとらわれず新たな『高坏』に臨まれた。中々軽さのある面白さであった。萬太郎さんも高足売りで嫌味なくふんわりとだましてしまう。酔いに任せ軽く翻弄される大名の團蔵さんと太郎冠者の橘太郎さんはなんじゃらほい。暑さのなかで力を抜いて観劇させてもらった。歌舞伎に入りやすい演目である。

 

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