映画『リヴァプール、最後の恋』からグロリア・グレアム出演映画(3)

フィルムノワールについての定義は検索していただいてこういうものかなあと想像していただきたい。こちらも確かな定義の説明は無理である。明るいの反対の暗くて幸せよりも不幸せな方向に話は進んで行く。観ている方も不安に駆られてしまうが、どこかで人の隠れた本質をもさぐりあてるという傾向もある。犯罪や暴力があり、私立探偵、警察、ギャングなどが関連し、ハードボイルド的要因もある。

代表作としてハンフリー・ボガートの出世作である『マルタの鷹』は第一に掲げられる。私立探偵が客の要請を受け、同僚の私立探偵が殺されて謎の事件究明に乗り出す。ラストに主人公の本心が明らかになると言う展開である。モノクロが多く、その事によって照明が工夫され、暗さやどんな人物かが強調されることになる。

グロリア・グレアムがハンフリー・ボガートと共演した映画『孤独な場所で』もフイルムノワール物とされている。脚本家のディクソン(ハンフリー・ボガート)は脚本を頼まれ、原作の本を借りて読んだレストランのクローク係の女の子を連れて帰り、原作のあらすじを話させる。その娘が、ディクソンの部屋を出た帰りに殺されるのである。

ディクソンのアリバイの証明をしてくれたのがディクソンの部屋から二階の入口が見える隣の部屋に住む女性・ローレル(グロリア・グレアム)であった。ディクソンとローレルは急接近し、特にディクソンは待っていた理想の女性が現れたと仕事の方も順調である。

ただディクソンは激しやすく、すぐ手が出てしまい何度か警察の世話にもなっている。担当刑事は軍隊時代のディクソンの部下でディクソンのことを理解しているが警部は信用せず疑っている。

ディクソンは脚本家だけに想像力もたくましく言葉に対しても敏感であり、その事が彼流の捉え方で瞬時に怒りを爆発させてしまい、爆発すると止まらないところがあった。女性を連れ帰ったのも、原作に忠実な脚本を求める映画界への反発で、自分で原作を読む気がなかったからである。

ローレルは女優なので言葉に対する敏感さと、映画業界に対する彼の位置も、それは彼の才能ゆえと理解していた。だが一緒にいるうちにその性格に不安を抱き、彼が犯人なのではないかと恐怖しはじめる。

ローレルの不安は観ている方にも伝わってくる。彼が犯人でないとしても一緒になることには躊躇してしまう。ディクソンはすぐ結婚するという。そのお祝いの席でまたディクソンは暴力沙汰を起こす。それも長い付き合いのマネジャーに対してである。興味深いのは、ローレルが不安でマニキュアを直すゆとりがなくお祝いの席で、マニキュアがはがれていると指摘される。ディクソンがそれに対し、彼女は最近おかしいんだよと言う。彼女の心の変化がマニキュアにもあらわれているということである。

映画『リヴァプール・最後の恋』で、グロリアが病身で飛行機でアメリカに帰るためやっとタクシーに乗せてもらった時、ピーターに尋ねる。「私美しい。」「美しいよ。」最後まで女優であった。ただ赤いマニュキュアは無残にはがれていた。カラーなので目についた。

犯人が捕まるがすでに遅しで、ディクソンとローレルは別れることとなる。刑事の奥さんが夫の刑事に「あなたが天才ではなく普通の人でよかった。」という台詞も最後までみるとなかなかである。この奥さんは普通の人として不用意な言葉を発して二人を悪い方へと向かわせる。普通の人が観ればディクソンの性格では彼との関係と自分をコントロールする女性はなかなか現れないであろうとの感想が成り立つ。ローレルが現れた時。マネージャーが喜んだのもうなずける。グロリア・グレアムさん、そんな女性像をボギーの相手役として健闘しているが多少弱いかなという感じも受ける。

ラストのディクソンのボギーがドアのところで振り返る一瞬と去る後ろ姿がなんともたまらない。強いボギーではない弱い孤独なボギーである。

映画『地上最大のショー』(1952年・セシル・B・デミル監督)はガラッと変わってカラーである。このDVDは持っていてかつて観はじめたらカラーの映像が悪く即止めてしまったのであるが今回は頑張った。サーカス団を舞台とする内容で豪華で変化に富み見続けられた。ハリウッド黄金期らしいお金のかけかたである。

やはり同じように観ずらかった1948年のイギリスのバレエ映画『赤い靴』が2009年にデジタルリマスター化してくれた。バレエの場面が安心してじっくり観れたのは幸いであった。

サーカス団ののブラッド団長(チャールトン・ヘストン)は、公演短縮の話しもありサーカスのことで頭がいっぱいである。サーカスの規模をみると当然と思える。沢山の団員を抱えているわけだし、猛獣を含む動物も多く抱えているのであるから。

スターが必要と考え、プレーボーイの空中ブランコ乗りのセバスチャン(コーネル・ワイド)を団員に加える。団長の恋人であるホリー(ベティ・ハットン)は空中ブランコ乗りの花形で自分が中央の座と思ったのにセバスチャンに取られてしまう。ホリーは、自分の実力で取り返すと危険な技に挑戦し、セバスチャンに挑発し、受けて立つセバスチャンもネットなしで演技し落下となり重傷をおう。

ホリーは、セバスチャンに言い寄られていた。ブラッド団長の仕事第一の生き方からセバスチャンに心が動く。そんなホリーに、ブラッド団長を好きなエンジェル(グロリア・グレアム)は、自分は恋多き女だがあなたは純真でブラッド団長はあなたを想っているのが解ると意見する。しかし、ホリーはセバスチャンが怪我のためブランコ乗りができなくなったことに責任を感じセバスチャンには自分が必要とそばにいることにする。

エンジェルは、象を使っての演技をみせていて象つかいののクラウスに付きまとわれていた。エンジェルが団長を好きなのを知って、嫉妬からクラウスは象の足の下のエンジェルを踏みつぶさせようとする。怒った団長はクラウスをクビにする。怨みに想うクラウスはサーカス列車から収益金を盗むことにする。

発煙筒で急止した列車は後続の列車にぶつかり転覆してしまう。ブラッド団長は重体で医者も動けなかった。ホリーは、道化師のバトンズが医者の腕をもっていることを知っていた。普段もお化粧を落とさず素顔をみせずわけありであったが、動かないと思っていたセバスチャンの腕が動くことを見つけたのもバトンズであった。彼はブラッド団長の命を助ける。

ホリーは、団長に代わって動ける者を指揮し、青空サーカスを試みることとし次の町でパレードをくり広げ客を集めることに成功するのである。団長とホリーはお互いの愛を確認し、なんとも、エンジェルとセバスチャンは結婚することになる。なぞの道化師バトンズ(ジェームス・スチュアート)は妻を愛するあまり安楽死させてしまって追われていたのであるが法的罪の償いをすることにする。

映画の内容は分かりやすいので、サーカス場面を楽しみつつ観ることができる。俳優がサーカスの技を見せているというよりも団員がそもまま見せているように撮影されていてエンターテイメントを楽しむ感覚である。飽きさせないサーカス団の内容である。観客も映し出され子供よりも大人の方が楽しんでいてリアクションが強い。

サーカスのテントなどを設置する場面などもリアルで、ここでサーカスがはじまるのだという風を運んでくれる。サーカス専用列車なども、事故によってかえってよくわかりその移動の大変さが伝わってくる。

グロリアのエンジェルは、ホリーの純真な生真面目さで花形を維持する意志の強さとは違う、少し軽さがあり、協力性、柔軟性もあり、自分の意思も通す団員像としての生き方を表現していた。

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