ドキュメンタリー『ようこそ映画音響の世界へ』から映画『近松物語』(2)

映画『近松物語』は、歌舞伎の下座音楽を主体でもちいています。音楽担当は早坂文雄さんです。早坂さんは黒澤明監督映画の音楽も多く担当し溝口健二監督とは『雪夫人絵図』『雨月物語』『山椒大夫』『近松物語』『楊貴妃』『新・平家物語』を担当しています。

タイトルで邦楽の伝統楽器での音楽が流れます。物語が始まるとしばらく音楽がありません。不義のために刑場へ行く男女二人の馬上の行列が映されて初めて音楽が流れます。それは不吉な感情を呼び起こさせます。映画的もその計算で挿入されています。この登場人物たちに、これだけ栄えている家にも起こるかもしれないという。

そして、おさんと茂兵衛が会話する場面からまた音楽が入ります。音楽と言っても盛り立てるような旋律とは違います。秋山邦晴さんは、「「近松物語」の一音の論理」で、下座音楽で「現代劇でみられるような人間の心のうごきをの表現として使っている。」としています。

観ているほうは、登場人物たちは気がついていないであろうが事態が悪い方へ悪い方へと引っ張られていくのを感じます。音楽もその方向へ静かに運んで行きます。観ているほうの気分と音が共鳴していくように感じます。

邦楽楽器としては、横笛、締め太鼓、大太鼓、三味線、附け打ちなどが使われています。これらの楽器の「一音」に秋山さんは注目しています。

「太棹三味線の一撥(いちばち)、横笛の一吹き、大太鼓の一打による一音は、その一音だけの存在そのものが複雑であり、それ自体ですでに完結しているともいえる。いくつかの音の関係で旋律や和声という組織によって意味をうちだす西洋音楽とは対比的に、一音の存在それ自体によって意味をもつのである。」

歌舞伎ではこの一音で、風、雨、雪、波などの自然現象を表す効果音がすでに出来上がっていました。それは生で聞く音です。秋山さんは映画音楽の録音という特色から早坂さんが、マイクロフォンを通してその増幅を普段聞いたことのない人にも下座音楽や日本の伝統楽器をの力をつきつけたというのです。

私が興味ひかれたのは、茂兵衛とおさんが茂兵衛の実家に隠れているところを捕まってしまい、茂兵衛とおさんは引き離されてしまう場面です。そのとき附け打ちの音が激しくなります。その後この付け打ちが要所要所で用いられ、観ている者の不安感を増幅させます。

行き先きはハリツケという映像がすでにインプットされていますからそうはさせたくないという願望がわいてくるわけですが、無情にも附け打ちがもう行き先きは決まっているといっているように思わせるのです。

秋山さんは、音楽による心理描写といわれましたが、私には、もっと全体を包む大きな力として感じました。

恋愛は認められないという観念です。さらに身分違いの恋愛は認められず、男性は浮気はいいが女性はならぬということです。おさんも茂兵衛も決まりの枠に収まっていたのです。大経師の主人にとっては、不義密通が家没落となるためとんでもないことなわけです。ただし事が大きくなる原因は主人が作っているのです。おさんの説明をきちんと認めればよかったのです。

おさんは実家のために結婚をし、実家のためにお金をなんとかしようとして茂兵衛に相談します。おさんの衣装はモノクロの映像で美しい光沢を出します。美しく着飾っていてもそれは形式美で満たされてはいないのです。

茂兵衛はおさんを想う心から何とかしようとして主人に見放される。それを助けようとする茂兵衛を想う女中のお玉。お玉は主人に口説かれていたのです。

強欲な人は別として登場人物は良い方向へともがくのですがそれが悪い方向へと転がってしまう力。それに音楽が添っているように思えるのです。

茂兵衛は貧しい家の出です。雇い主のもとで認められ出世するのが夢でしたが、おさんに恋心を抱き、それがかなえられる。それでも、何とかおさんだけは生かそうと考えますが、おさんのほうが自分のいままでの犠牲に成り立っていた生き方に我慢ならなくなり、さらに愛を得るのです。おさんの気持ちの強さに茂兵衛は引っ張られていきます。

ところが強い愛をあざ笑うように観ている者をも不安にさせていく音楽。特に後半の附け打ちの音には効果がありました。

言ってみれば、秋山さんとは違う音楽の感じ方をしていたように思います。

そしてやはり溝口監督はスター長谷川一夫を弱めることはできなかったと再認識です。長谷川一夫さんが大写しになるとやはりスターのオーラを発してしまうのです。立ち振る舞いが美しいですからカメラが引いていても美し映像となります。それがアップになるとやはりスターなのです。

最初に観た印象は簡単には払しょくされないようです。

色々な見方が発見できるのは楽しいことですし、新たなる視点をもらえます。そして、それを陰で工夫している映画にたずさわる人々の想いも素敵です。

ようこそ映画音響の世界へ』の音響スタッフが、こんな楽しいことはないしお金ももらえてとのコメントがいいですね。

近松物語』に劇化・川口松太郎さんの名前があります。川口松太郎さんの戯曲『おさん茂兵衛』が下敷きともなっているのです。川口さんと溝口さんは浅草の石浜小学校で同級生だったのです。お二人とも小学校しか出ていません。お二人の対談で川口さんはそのころの様子を、「『たけくらべ』だね。まるっきり・・・。」といわれています。さすがぱっと情景が浮かぶコトバです。

追記: アンハッピーな映画が続いた後は録画しているBS時代劇『大富豪同心2』を観ます。相変わらずほわーんの卯之吉のそっくりさんの幸千代登場。性格が違うので卯之吉の性格の良さがくっきり。いいぞ!中町隼人! 間違いました  中村隼人!

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