初涙・歌舞伎座『義経千本桜』

歌舞伎『義経千本桜 川連法眼館の場』通称「四の切」は、泣かされるかどうか五分五分の感じでした。お正月のNHKの歌舞伎中継で、猿之助さんの細かな演技を興味深く観ていました。これを実際に観たとき客観的に観ているのか、話の中に引き込まれるのか、なかなか面白い情景になると想像していました。

源九郎狐が忠信から本来の狐の姿となり、親狐の皮が張られた初音の鼓に別れを言うときがきました。それも、親狐が「忠信にこれ以上迷惑をかけてはいけない。里に帰りなさい。」とさとされたので帰りますと子狐がいうのです。

ここでジーンときて涙。親狐と子狐は交信しあっていたのです。鼓の皮になっても、事の道理を教えさとし、それを泣く泣く納得する子狐の心情に触れてしまいました。

早替りの出番はわかっています。今までそれを楽しんでいた感があるのですが、今回は、その間の演技がたまらなく面白く、一つ一つ納得しつつ観ていました。

忠信は、一年会わなかった主君・義経と再会でき、涙をおさえます。ところが義経に自分の身に覚えのないことを忠信は問われます。静はどうしたかと。忠信は故郷に帰っていたのですから、静とは会っていません。義経に叱責されとまどいます。そこへもう一人の忠信が来たという知らせがあり、偽者めが来たかときっとなります。

今回、この忠信の義経に対する一方ならぬ忠誠心がよくわかったのです。そのため、その場を去る時も振り返りながら偽忠信を見届けたいという気持ちの形が納得できました。

親狐はこの忠臣・忠信を窮地に追い込んではいけないということを言ったのです。そして、子狐も忠信に申し訳なかったと思っていたので親のいさめに泣く泣く立ち去るのです。本当は親のそばを離れたくないのです。行きたくないのです。ここで思い切って飛び去る気持ちがよくわかりました。

一つ一つのケレンが理にかなっているのです。

ここから義経は狐と自分とを重ねて涙します。その言葉を忠信は隣の部屋から姿を見せ聞いているのです。ここも狐と忠信の早変わりという段取りなのですが、必要な出現です。忠信は義経の心の奥を知り、さらに自分に化けていた子狐の心情も知り納得するのです。ここで忠信の人となりが完結します。子狐に化けられた忠信というだけではなかったのです。忠信がどういう人物かが描かれているのです。

そして、義経と忠信のきずなもはっきりします。早変わりに気をとられていてこのあたりを軽くとらえていました。義経の言葉を聞く忠信の表情は微動だにしません。真実は何かという探りをいれる顔です。ぴたっと表情がとまります。真実を知り、義経の心の内も知り、おそらく義経への忠臣は深くなったのでしょう。窓の障子の閉める時にその思いをあらわします。

子狐はどんなことをしても親狐のそばにいたいのです。静の詮議もそうした子狐とのせめぎ合いです。静は自分がだまされていたわけですし、義経から詮議を命じられ、何かあれば手に欠けても良いと刀を預かってもいるのです。

狐と静のやりとりも面白かったです。刀では無理と知ると静は鼓を打ち、鼓責めです。そうくるのですかと何回も観ているのに落としどころが上手いと改めて感じ入りました。

狐は親狐との別れと、その後疎まれた悲しい出来事を語ります。鳥の親子のことを例えとして竹本にのって表現するのですが、羽ばたきをみていると、狐を表す衣装もこの鳥のことも考えていたのかと思えました。その衣装の使い方が綺麗です。そして子狐になりきっています。この狐はもうかなり成長しているのです。長い間、鼓になった親狐の後を追っているのです。ここは思いっきり子狐でした。

義経に呼ばれて狐は再び姿をあらわします。そして初音の鼓を手渡されるのです。嬉しいですよね。子狐のこれまでの行動をしっかり受け止めてもらえたのです。子狐としてのすべてを認めてくれたのです。それは子狐と自分を重ねた義経であったからこそでしょう。

子狐は義経に忠勤をしめし館に悪僧を引き入れきりきり舞いさせて退治してしまいます。そして自分の古巣へと鼓を抱え飛んで帰っていくのでした。それを見送る人々。今回は、舞台上は義経と静だけではありませんでした。宙乗りに特別の想いを込められたのかもしれません。

宙乗りはもちろん喜ばしいことですが、それよりもケレンがいかに計算して組み込んでいるかがわかって満足でした。ケレンがあって芝居があるのではなく、登場して物語を紡ぐ演技に沿ってケレンがあったのだと今回は確信しました。

この猿之助さんの細やかな演技は前にはどうだったであろうかと2011年(平成23年)の明治座での録画があったので観直しました。亀治郎時代で、すでにこの時から細やかです。どこがどう違うか言い表せないのですが、今回は芝居全体の物語性がより立体的にせまってきました。

一人一人の役柄がはっきり伝わりました。

明治座の録画はWOWOWからなのですが、撮り方が他と違っていました。狐を撮りつつ静も写る角度が多く、狐の動静に静がどう対応するかもわかり勉強になりました。

明治座の配役:佐藤忠信・源九郎狐(亀治郎・現猿之助)、義経(染五郎・現幸四郎)、静御前(門之助)、亀井六郎(弘太郎)、駿河次郎(亀鶴)、川連法眼(寿猿)、飛島(吉弥)

歌舞伎座配役:佐藤忠信・源九郎狐(猿之助)、義経(門之助)、静御前(雀右衛門)、亀井六郎(弘太郎)、駿河次郎(猿弥)、川連法眼(東蔵)、飛鳥(笑也)

東蔵さんが川連法眼が初役だそうで、また一つ務められるお役の数が増えられました。寿猿さんは今回は局・千寿で猿之助さんの宙乗りを舞台から見届けています。

門之助さんの義経は主人としての威厳があり深い悲しみを感じさせられました。雀右衛門さんの静は愛らしくたおやかでした。

亀井六郎の弘太郎さんは、三月、青虎(せいこ)を襲名されるそうですが、すでに青い虎のごとく勢いのある動きをされていました。寅年にふさわしい襲名です。

猿弥さんは弘太郎さんとコンビならさしずめ黄虎の貫禄といえるでしょう。笑也さんは今までで一番の老け役かなと思いましたら「ぢいさんばあさん」されてますね。

「四の切」で義太夫狂言の面白さを再確認しようとは思ってもいませんでした。どうも鑑賞しているピントが合っていなかったようです。

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