テレビドラマ『砂の器』(1977年)

テレビドラマ『砂の器』(1977年)は簡単に終わるとおもったのですが、脚本が伏線を挿入していて、ラストは長嶋茂雄さんの引退と重なるという思いもよらない展開でした。このドラマが放送された1977年に見た方は、1974年のプロ野球の勝敗の様子が浮かんだかもしれません。野球にそれほど興味の無い者にとっては伏線の濃厚さんに驚かされました。脚本は仲代達矢さんのかけがえのないパートナーであった隆巴さんでした。

第二話と第三話には役者・宮崎恭子さんとしても出演もされていました。早くに役者をやめられていましたので宮崎恭子さんの演技が観られなかったのですが、今回観ることができました。舞台役者さんとしてしっかり基礎を身につけられ演出もされていますので短い出演ですがやはり間の流れの切れがいいです。

昭和49年(1974年)7月10日払暁 大田区蒲田電車区でレール上に遺棄された死体が発見されます。顔は意図的になのかわからないほど壊され残忍なことから怨恨説が考えられました。 

この事件を担当し、捜査本部解散のあともコンビで捜査に当たるのが、西蒲田署の吉村弘(山本亘)と警視庁捜査一課の今西栄太郎(仲代達矢)です。

この今西がプロ野球の巨人ファンで、巨人の勝敗が何よりの関心事で、事件に対する真剣味にかけるのです。単なるそういう人物設定かと思いましたらずーっと野球の勝敗がでてくるのです。時間と共に今西の野球に対する熱心度に変化が出てきます。今西は事件の難解さにのめり込み、次第に謎に熱中していきます。事件が野球と同じ位置になり、事件解決が野球よりも上になっていきます。

面白いのは、事件の経過報告の日にちが知らされていたのが、それよりも野球の途中経過の日にちが知らされるようになります。世の中もう事件のことなど忘れていて、中日と巨人の優勝争いに沸き立っています。みんなが違う方に目が移っているときもコツコツと真実と向き合っている人がいるということの裏返しのようにおもえました。

この事件の手掛かりは、殺された人と犯人とのバーでの会話でした。「かめだは変わりありませんか。」「かめだは相変わらずです。」殺された人がズーズー弁だったということで秋田県の羽後亀田が特定されます。しかし、手掛かりがありません。さらに出雲弁もズーズー弁の仲間だということを知ります。そして見つけられたのが島根県の亀嵩(かめだけ)です。『砂の器』を読んだとき松本清張さんはよくこのからくりを探し当てられたなと感嘆し惹きつけられました。

殺された人は岡山に住む三木謙一とわかります。亀嵩で巡査をしていたことがあったのです。ところが善行の人で人から感謝されても恨まれることはなにもないのです。

今西と吉村が羽後亀田に出張したとき秋田美人とも思われる女性に会っており、その女性が蒲田電車区近くで自殺未遂をし失踪します。その女性の二通の遺書から、劇団と関係があるとして東京の劇団を訪ね歩きます。その女性・成瀬は民衆座という劇団の事務局で働いていましたがやめていました。その民衆座で今西の受け答えをしてくれるのが川口(宮崎恭子)でした。

今西と川口のやり取りは相手の台詞の橋渡しが上手く、重要な発見の場をさらっと位置付けてくれます。まだまだ謎は深まるばかりですからテンポが上手く的確なやりとりでした。

今西と吉村が成瀬を見たとき一緒にいたのが劇団の舞台装置担当の宮田でした。宮田は事故か他殺か亡くなってしまいます。この成瀬と宮田と京都の高校で同窓生だったのが天才音楽家の和賀英良(田村正和)でした。しかし、殺された三木とのつながりがありません。

今西にはつらい過去があり、自分の刑事魂の不注意から息子を交通事故で亡くしています。妻も去り、彼は息子の死という過去を消し去ることができないでいました。

一方、善意に満ちた人を自分の過去を消すために殺してしまうという人間もいました。懐かしいという感情は、過去を消した男にとっては邪魔なだけでした。その人が善人であるかどうかなどは判断材料にもならなかったのです。

今西は殺された三木が善人過ぎて犯人がなぜ殺したのか想像がつかなかったのですが、吉村が恋人との電話の受け答えで明るく「困るねえ今頃、そんなこと覚えてもらっていても。」という言葉から、三木巡査が良かれと思ってした善行の結果がこの事件の原因となりはしないかとおもいいたるのです。

そこから三木巡査が面倒を見た巡礼親子・本浦千代吉・秀夫の本籍地石川県へ行き、さらに三木が伊勢参りから急に東京に出てきた原因をさがしに伊勢にいきます。三木はそこで映画を観ていました。映画を試写してもらい観ますが何も見つけられません。

吉村の恋人がニュース映画のことを話し二人はニュース映画のあることを知ります。捜査のきっかけに日常的な会話が重要な役割を果たしています。三木が見たニュース映画に和賀が写っていたのです。

ニュース映画は「中日ニュース」で<熱戦!中日~巨人>首位争いで、我賀が球場で観戦しているのが写っていたのです。我賀には額の左に傷があり、それがしっかり写っていましたった。三木はこのニュース映画を見て立派になった巡礼の子に会いたくなったのでしょう。

昭和49年(1947年)10月12日、今西は和賀の本籍地大阪にいきます。そこは戦争で焼け野原となり、本籍原簿も焼失し本人の申し立てによって本籍再生が認められていました。和賀英良の父母は大空襲の日に亡くなっていました。老婦人からピアノなどの楽器修繕屋の和賀夫婦には子供がなく、戦争浮浪児が手伝いをしていたということをききます。中日が20年ぶりに優勝した日でした。

和賀英良は大臣の娘と婚約していて、大臣宅で海外に演奏旅行に行くまえのセレモニーとして新作曲「炎」を婚約者と二人でピアノ演奏しています。彼は自分の中にいろんな炎があると語っていました。栄光への炎が一番強かったのかもしれませんが、いつかその炎は、過去を消す炎のほうが大きくなってしまったようです。

和賀が逮捕された日、長嶋茂雄さんの引退がテレビで放送されています。今西は「終わった。終わった。全部終わった。」とつぶやきます。事件は解決しましたが、違う幸せから遠のいてしまったようです。

今西にも伏線がありました。過去のことから、妻の妹ととの心の交流があったのです。それも終わりました。

今西には栄光はありませんでした。ただ、再び事件解決への自分の仕事への想いはつながったことでしょう。終わってみればこういう熱い捜査も変わる時期に来ているのかもしれません。ただ一人の後輩にはその道は伝授されたでしょう。

仲代達矢さんの今西はとにかく歩いて歩いて探し出し確かめるという刑事です。夜行の列車での出張で自費で調べに行ったりもします。そのため少しでも手掛かりがあると野球の勝敗よりも手応えを失くしていた勘をとりもどしのめりこんでいきます。ただ理知的根拠に基づいているともいえます。それと同時に義妹との感情のもつれを細やかな振幅で表現されました。

田村正和さんの和賀は全く炎を見せません。ただ人を操る自信はあるようでそれを悟られないように優雅なたたずまいです。なんの苦労もなく才能に恵まれて格好よく生きてきたという感じを崩しません。逮捕されても少し表情を硬くし静かに後姿を見せ去っていきます。炎の内面は、子供時代の子役さんによって伝えられます。

登場人物として和賀の親友で新進評論家・関川重雄の嫉妬という感情もからんでいます。和賀は関川の嫉妬も冷静に受け止めていました。あらゆる感情を自分の物差しで判断しながら善良さということには気がつけなかったのです。

原作とも、映画とも違う社会現象とオーバーラップさせるという手法を使われた脚本でした。その交差の複雑さを丁寧に計算されて展開させた力量が素晴らしいと思いました。

和賀英良、正しくは本浦秀夫の足跡を簡単にたどります。

石川県の寒村に生まれました。父・千代吉はシナ事変に出征し帰還しますが精神を患い働くこともできません。妻はそれを悲観して秀夫を抱いて飛び降り自殺をします。秀夫は奇跡的に助かり、左おでこに深い傷跡を残します。千代吉は秀夫をかわいがるので、親せきは親子を巡礼として送り出します。

亀嵩で三木巡査は困っている巡礼親子の面倒を見、父親は精神病院にいれ、子供は引き取りますが秀夫は3か月後に失踪します。

大阪で戦争浮浪児として生き抜き、新しい戸籍を作り、進駐軍に出入りのバンドボーイからつてで渡米。才能を開花させ、後ろ盾も手に入れていました。彼はもっと光り輝く上を目指していたのです。

脚本に興味を持ちネタバレになってしまいましたが、第1回から第6回で最終回ですので、もし観ることがあれば違う部分に気を取られて忘れていることでしょう。二回観ましたが結構記憶が飛んでいました。

追記: 舞台『左の腕』のパンフレットでも、松本清張さんの原作ではないのですが清張さんが出演されている映画として『白と黒』(堀川弘通監督)が紹介されていました。橋本忍さんのオリジナルシナリオで手の込んだ展開で奇抜な作品です。弁護士の仲代さんが不倫相手に手をかけてしまうのですが、犯人として別の人が捕まります。弁護士は罪の呵責から真犯人は他にいるのではというので、担当検事である小林桂樹さんが調べ直すのです。仲代さんと小林さんによる、白と黒の目の出どころが見ものです。

追記2: 松本清張さんがチラッと出演するのがNHK土曜ドラマ「松本清張シリーズ」(1970年から1980年代)です。その中の「遠い接近」(脚本・大野靖子、演出・和田勉)は小林桂樹さんが、選ぶ人の感情に左右されて招集されもどってみると家族は広島で亡くなっており招集担当者への復讐を誓います。ここでもサラリーマンシリーズとは違う小林さんの演技がひかりました。仲代さんの映像出演作品には共演者の演技にも目がいきその役者さんの作品を追ったりします。今追うことができる方法があるのが嬉しいです。

追記3: 映画『すばらしき世界』(脚本・監督・西川美和)。<すばらしき映画>でした。長いこと刑務所暮らしをしていた主人公(役所広司)が出所して普通に生活していけるかどうか。観ている者も<怒るな!怒るな!>と祈るような気持ちになりますが、怒らない方が正しいのであろうかと疑問に思わされる映画でもありました。西川美和監督作品の切り込み方は鋭くて深いのですが優しさがあります。

追記4: 『TV見仏記4 西山・高槻篇』を観ていたら、ある仏像の手の美しさを褒めていて、「ピアニストの手だね。『砂の器』系だね。」のみうらじゅんさんの発言には笑ってしまいました。お二人の発想のみなもとの多様性がうらやましいです。

追記5:  みうらじゅんさんの文庫本『清張地獄八景』を書店で横目でみつつ通り過ぎています。引きが強いです。

              

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