歌舞伎座3月『新・三国志 関羽篇』(2)

アニメ『三国志 三部作』を観て、あらすじは把握しておきました。劉備が戦いのためにほんろうされる民を苦しさから救うにはどうしたらよいかと考えます。戦さを終わらせ民が安心して住める国を作ることだと思いいたるのです。同じ志を抱く関羽と張飛に巡り合い、義兄弟となり、生まれた日は違うが、同じ年、同じ月、同じ日に共に死のうと桃の木の下で誓います。

諸葛孔明という軍師が、魏は曹操、呉は孫権、蜀を劉備が治めて均衡を保つのが好いといいます。その足がかりとなったのが荊州でした。戦いの間には関羽が曹操に捕えられます。曹操は関羽を気に入り自分のもとに置きたいし殺したくないとおもっていました。関羽は手柄をたてたら劉備のところに戻るという条件を出しました。受けいれられます。関羽は命を惜しんだのではなく、劉備と張飛との同じ時に亡くなるという約束をまもりたかったのです。

関羽は曹操の許可を得ず黙って去ります。

このことによって、後に曹操が窮地におちいり、関羽が曹操の命を奪える時、関羽は曹操を逃がすことになるのです。

ただ戦さが進んでいけばいくほど観ている方はむなしくなっていくのです。劉備も関羽も張飛も民のために戦っているはずなのに、それぞれの国のおもわくは裏切りや策略や領土を広げる暗躍が入り混じるのです。猿翁さんはおそらくこの虚しさを違う方向に持っていけないかと考えられたのではないでしょうか。戦さの無い世界への夢を劉備を女性にして託すということによって展開させられたのでしょう。そんな風におもえました。

スーパー歌舞伎の時は『三国志』の流れを知りませんで、そのスペクタクルな舞台に圧倒されてそこで止まっていました。劉備が女であるということが話題でもあったようですが、ロマンス物語にしたのかなという感覚でした。

今回は『三国志』そのままでいったら虚しさか英雄を讃えて終わりになったかもしれないと納得できました。

新・三国志』では、劉備の民の国のためにの夢をともに共有する証として関羽は荊州にとり残された民と引き換えに自分の身を投じるのです。

三国の衣装を色分けして、それぞれの国内での話の時には上手に国の名前を映し出し、わかりやすくしていました。は赤の衣装、は紫色の衣装、は青の衣装。衣装が豪華ですからその国の色に染まり、対峙するときにも鮮やかに区分けされましたので、心置きなく台詞を堪能できました。

主な登場人物は、が関羽、劉備、張飛、軍師・孔明、養子・関平(團子)、黄忠(石橋正次)。が曹操(浅野和之)、軍師・司馬懿(笑三郎)、医師・華陀(寿猿)、が孫権(福之助)、義母・呉国太(門之助)、妹・香渓(尾上右近)、軍師・陸遜(猿弥)です。

劉備は実は玉蘭という女性で、笑也さんは、女形でありさらに男性に成り代わるという難しい役どころですが、境目がなく劉備になったり玉蘭になったりされていました。劉備、関羽、張飛との「桃園の誓い」で、三人が並びよい形になるとき真ん中で短い右袖をくるくると回してきっとして坐るところは決まっていて、思わず玉蘭も垣間見えたようにおもわせられました。

張飛は特に関羽を兄貴と呼び慕っていて一本気であるが憎めないところのある人物です。その可笑しみを中車さんは呉の香渓の右近さんと一戦交えたり、呉の軍師・陸遜の猿弥さんが劉備は女ではないかと疑って張飛に探りを入れるときなど、事実を隠そうとする様子が緊張感を解きほぐして可笑しみに変えられていました。

中車さんは、最初に天下争いの時代の説明を、役者さんの動きに活弁士のように解説する役もありまして、弁舌さわやかにやられていました。役者さんのパントマイムが笑わせてくれました。

曹操は関羽の男気が気に入っていて、それを甘いと思っているのが軍師・司馬懿です。曹操の浅野和之はもうおなじみで、関羽の猿之助さんとのやりとりにもそれぞれの想いを伝えあうセリフに息があっています。そこへ水を差すのが笑三郎さんの軍師・司馬懿。悪役に近いのですが怪しさの雰囲気をもかもし出し、『ナルト』のオロチマル以来の変身ぶりでした。これを押さえるだけの貫禄が体の細い浅野さんの曹操にはありました。

曹操は病気を患っていて、医師・華陀の寿猿さんにいつまでの命かと尋ねると寿猿さんは一年と答えます。情報が漏れてはいけないと、曹操は医師を殺してしまします。寿猿さん刺されて階段を上っていきます。大丈夫かなどう倒れるのであろうかと思っていましたら、ふわっと倒れられました。その倒れ方が綺麗だったのには驚きました。それに負けじと黄忠の石橋正次さんも意気盛んな老武将でした。

呉の国の孫権の福之助さんがさっそうと威厳もある若きリーダーとして舞台を大きくしました。堂々とした義母の門之助さんの呉国太は、そんな息子のため、呉を揺るぎない国とするため、香渓を劉備のもとに嫁がせることに賛成します。ところが後に娘は思いがけずその命を絶ってしまい深い悲しみを表します。

誇りだけは捨てずに劉備に嫁いだ香渓の右近さんは気の強さを表しつつも動きは優美で、さらに劉備の夢を共有したあとの真実を隠しつつの変化もよかったです。このあたりの笑也さんと右近さんの女形としては難易度の高い部分であり、女形の魅力を大いに伝えてくれました。

関羽の養子である関平の團子さんはは凛々しい姿をみせてくれました。セリフが気に入りました。勇ましいセリフだと「何々だ」で力強くおさめればいいのでしょうが、関羽が死を覚悟である状況に対する気持ちを表すため、語尾が静かに細くなっていき、それでいながらその音がきちんと歌舞伎座に広がりました。かなり研究されたのではないでしょうか。

そして、軍師・孔明の青虎さんの「天下三分の計」に始まり、それぞれの軍師の重要な役割のポイントが押さえられていて国というものをしらしめていました。

関羽は関平や部下たちとの最後の別れに好きな女性の名前を打ち明け合います。関羽は玉蘭の名前をあげます。だれも知らない名前です。そして最後はにぎやかに笑いとなりますが、次第に関羽の猿之助さんの泣き笑いの声が響き渡ります。歌舞伎独特の笑いです。そうした古典の手法も入れつつ『新・三国志』は展開されました。

少ない立廻りの動きもよかったです。他の武将たちもセリフは少ないですが歌舞伎の言い回しが身についていますので場を押さえてくれます。

関羽篇だけあって曹操にも玉蘭にも張飛にも関平にも部下たちにも愛されるという一人勝ちの感もある魅力的な猿之助さんの関羽でした。

この後にあのスペクタクルなスーパー歌舞伎『新・三国志』を観れたなら深い意味とわくわく感が相まって魅了されるであろうと夢見る次第です。

追記: 大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(13回)に大笑い。テレビドラマ『風雲児たち〜蘭学革命(れぼりゅうし)篇〜』で愛之助さんの前野良沢の真面目さに無事対応した杉田玄白の新納慎也さん、今度は阿野全成の隣に猿之助さんの得体のしれない文覚が居座りました。笑うしかないです。そして木曽義仲の息子・義高の染五郎さんが美しく登場。これからの悲劇性にはまりすぎです。悲喜劇満さいです。

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