白髭橋から千住大橋へ

千住大橋を中心に千住宿の北から南に進みましたが、今回は隅田川テラスを歩いた時の荒川区に接する白髭橋(しらひげばし)から千住大橋までです。荒川区南千住まちあるきマップをながめていてここを歩いたのだと思い出しました(2019年)。歩いているときはこんな風に町が隣接していたとはしりませんでした。ひたすら隅田川とそこにかかる橋とその近辺の案内板をながめていたのです。

水色の点線が隅田川。黄色が白髭橋。緑が水神大橋。茶色が千住汐入大橋。黒がJR常磐線の鉄道橋。赤が千住大橋。ピンク丸がJR常磐線の南千住駅で矢印の方向へ進むと都電荒川線の始発・終点の三ノ輪橋停留場があります。バラの咲く時期はこの沿線は美しく様変わりします。荒川区の北が足立区。南が台東区。東が墨田区。

先に見えるのが墨田区からみた白髭橋です。覆いがかかり東京オリパラ前のお化粧直しでしょうか。

よく覚えていないのですが、工事中でも人は渡ることはできたようで台東区の「対鷗荘跡」の案内板があります。そして荒川区の「対鷗荘跡」の案内板も。白髭橋が墨田区、台東区、荒川区の境界線のようです。

この辺りはかつては風光明媚で対鷗荘は明治時代の政治家・三条実美の別邸でした。橋場の渡しがあったところで、白髭の渡しとも呼ばれ、さらに古くは隅田川の渡しと呼ばれ『伊勢物語』の在原業平も渡ったとされています。大正3年に白髭木橋がかかりました。

荒川区側から振り返って見た白髭橋。先には何やら神社が見えます。

石浜神社。聖武天皇の命によって創建された神社で、源頼朝が奥州征伐に際して祈願し大勝したことから社殿を寄進したそうです。

道なりに瑞光橋がありました。素盞雄神社で瑞光石のことを知りましたのでそれにちなんでの橋名でしょうか。歩いていた時には仰々しい名前だなあとおもいました。

ブルーのアーチの水神大橋

千住汐入大橋

足立区側に渡りました。前にJR常磐線の鉄道橋。鉄道橋の下を通ることができまして、その間から見えるのが千住大橋

千住大橋際上り場。徳川家や日光門主など高貴な方の船着き場。

下の図は、小金原でおこなわれた鹿狩りに向かう将軍が千住に到着した様子で、将軍の船には葵紋が付いた吹き流しがたなびいています。(12代将軍・徳川家慶)

千住小橋。ここを渡ると、あの壁屏風が現れるわけです。

三年ぶりで同じ場所に行きついたことになります。

隅田川テラスを歩くのも対岸には違う案内板もあったりして、なかなか根気のいることですが、その時の気分で目線を変えて風まかせで歩く散策もいいですね。

追記: 『孤独のグルメ』。荒川区が気になります。シーズン3・エピソード10・第10話。都電がでてきて荒川遊園地が。今月、リニュアールオープンした模様。古き荒川遊園地の貴重な映像になるかも。そして宮ノ前駅でも井之頭五郎さん下車。二つのメニューは無理なので迷います。それにしてもゴックン。シーズン7・エピソード5・第5話の三河島駅の麻婆豆腐と杏仁豆腐もひかれます。落語に口にしたくない『酢豆腐』がありましたね。

追記2: 芭蕉さんは遺言で木曽義仲のそばで眠りたいと望んだのですよね。義仲寺(滋賀県大津市)を訪れ初めて知りました。希望通りになりました。翁堂には芭蕉さんの像があり、天井には若冲さんの絵の複製が再現されていました。境内はそれほど広くありませんが、植物も多種類あり見どころが多いです。

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: Image075-768x1024.jpg

追記3: 義仲寺で手に入れた小冊子です。旅の時はこうした小冊子が荷物にならず電車の中でも気軽に読めるので助かります。

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: DSC_3289-2-1024x636.jpg

其角さんは歌舞伎『松浦の太鼓』などにも登場しますが、実際は芭蕉さんとは違うタイプのかただったようで、それを芭蕉さんは認めていたようです。其角さんは井原西鶴さんと会っていますから面白い方だなと思っていましたので納得できます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です