歌舞伎座4月『天一坊大岡政談』

天一坊大岡政談』は河竹黙阿弥作で、初世神田伯山の人気講談をもとにして明治8年(1875年)に新富座で初演されたといいます。歌舞伎も明治の文明開化の波は当然受けているわけで、今回の芝居では明治という時代が意識され、それと現在の新型コロナの現状とも重なって感じられるものがありました。

神仏分離による素戔嗚神社。そこに仏師が神輿屋となって初めて納められた御神輿。明治という時代があっての大きなかわりようです。芝居に対しても明治政府が推奨したのは勧善懲悪もの。黙阿弥さんはそうした中でも大衆のほうに寄り添って人気講談を取り入れるという歌舞伎戯作者としての何かがあったように思えるのです。感じるだけで説明はできませんが。

そんなこんなとおもい巡らしていますと、御神輿と『天一坊大岡政談』のことがつながってきたのです。

神輿はそれぞれの職人さんが作るパーツの組み合わせです。この組み合わせの寸法が違っていては出来上がりません。今回の『天一坊大岡政談』は御神輿に似ているなと思えたのです。通し狂言と言えども短縮しています。そしてセリフ劇で派手さはありません。登場時間の短い役者さんもいます。その短さの中で、今までの技をしっかりはめ込んでいってくれました。それがさすがでした。

寺の小坊主が、自分と同じ誕生日の子で亡くなってはいるが八代将軍吉宗のご落胤(らくいん)であるという話を聞かされます。自分とのあまりの違いにふっと虚しさからか心の中の闇を見てしまいます。その闇を思わず握ってしまうのです。その子に入れ替わろう。

偽りを偽りでなくするためには次々人を殺め、だまし、落とし入れていかなくてはなりません。歯車が回りだしたら回り続けなければなりません。その歯車を面白いと一緒に回してくれる人も現れます。

しかし、何かおかしい。これを命を投げ出しても止めねばならぬという人も現れます。正義の人です。悪が勝つか善が勝つかこれいかに。講談らしい引っ張りどころです。

悪は天一坊(猿之助)。善は大岡越前守(松緑)。天一坊側には山内伊賀亮(愛之助)という軍師がついています。この三人の組み合わせに対し、さらにどんどん役者さんたちが物語を組み立てて行ってくれるのです。その演技が確かでその場その場の雰囲気をどんどん生かしてくれるのです。

小坊主・法澤を村から送り出す人の好い村人たち。法澤の悪事など全く知りません。

かつて「客はおれをみにくるのだから、、、」といった役者さんもいたようですが、今はそういう時代ではないのかもしれないと思わされます。役者さんたちの意識も変わってきています。この芝居を面白くするためにはどうしたらよいかという一人一人の意識が組み合わさっていくのがわかるのです。

また劇中主人公である役者さんが登場する役者に「やっとましな役者がでてきてくれた」言ったとかというような話もあります。これは自分の芝居の見せどころを上手くみせていけるかどうかということなのでしょう。

たしかに観ていて雰囲気を壊してくれるなという方も時にはあります。セリフ劇なのに今回はそれがありませんでした。

自分はどこのパーツを組み立てればいいのかを心してのぞんでいるようにみえました。世話物に近い化粧なので一人一人の役者さんが誰であるかがわかりなるほどと楽しませてもらいました。

今の歌舞伎界の中堅どころと若手は一体になってこの時期を乗り越えなければならないという生き込みを感じられました。

どんどん悪にはまって面白いぐらいだまされていく周囲に快感を覚えていく天一坊。その大胆な性格に自分の話術をもってやってやろうじゃないかの山内伊賀亮。そしてその仲間たち。

いったんは伊賀亮の論法に屈するも、天一坊を将軍と会わせるわけにはいかないと天一坊の空白の時期を埋めるべき証拠固めに乗り出す大岡越前守。そしてその知らせを待つ部下たち。

左近さんには泣かされました。大岡越前の家族が死をかける場面です。左近さんは芝居の場面状況をとらえる力があるように思えます。そしてその雰囲気に自分を置くことができるのです。近頃の様子からそう感じました。

皆さん立ち居振る舞いが身にそなわっています。

そして、大岡越前守は長袴を格好よくさばき、気持ちよく善が勝つのです。ここまでだまし通してこられたことに満足ともおもえるふてぶてしい表情の天一坊。浮世絵の大首の絵のようです。江戸の世界です。山内伊賀亮がどうなるかは歌舞伎座でご確認ください。

明治11年新富座が西洋建築の劇場となり、明治政府高官を招いての開場となります。そうした流れの中で黙阿弥さんはその後、悪をも描き、庶民の好みに寄り添った立場を貫かれたと思っています。

そして歌舞伎も制限されている今だからこそ若い芽がどんどん力をつけ神輿を担ぐ人々が増え、観客がそれを心置きなく楽しめる状況になることを願うばかりです。

もちろん本物の御神輿もです。

追記: 天一坊の身元調査に出かけた人物がなかなか戻ってこず、ヤキモキする大岡の家来が柱に寄り、花道奥をのぞき込みます。え!もしかして柱に絡みつくんですか。柱巻の見得にいっちゃうんですか。その時は緊迫感が漂っているので何ともなかったのですが、今思い返すとその部分だけアップになってクスッとしてしまいます。デフォルメご苦労さまでした。思いもかけないことが起こるから面白いのです。舞台上でわね。

追記2: 歌舞伎オンデマンドを久しぶりにのぞくと、平成24年4月の新橋演舞場での『仮名手本忠臣蔵 5段目、6段目』が配信されていました。観ていない配役の組み合わせです。6段目が上方の型でした。じっくり観れて東京の型との違いがよくわかりました。映像であっても話で聞くだけより納得がいきます。

追記3: 大河『鎌倉殿の13人』(15回)の驚くべき展開に新作歌舞伎『頼朝の死』が観返したくなり昭和49年(1974年)5月歌舞伎座の録画を鑑賞。見事な深き心理を表すセリフ劇。頼朝の死の秘密と頼家(現梅玉)の苦悩。尼御台政子(六代目歌右衛門)の貫禄。大江広元(二代目鴈治郎)。畠山重忠の息子・重保(二代目吉右衛門)。小周防(現魁春)。中野五郎能成(二代目小太夫)。小笠原弥太郎(現歌六)。高い道標の一つです。

追記4: 『鎌倉殿の13人』(16回)ではついに木曽義仲も滅ぼされてしまいました。興味があれば下記の場所へどうぞ。 ↓

木曽義仲の生誕地 埼玉県嵐山町 | 悠草庵の手習 (suocean.com)

追記5: 国立劇場(2018年)での『名高大岡越前裁(なもたかしおおおかさばき)』の台本を購入していました。このところ色々出てきてくれて再考できて楽しめます。

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感想はこちらで  →  2018年11月17日 | 悠草庵の手習 (suocean.com)

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