化政文化の多様性

映画『HOKUSAI』(2021年・橋本一監督)を観ていると本当に化政時代の文化は庶民を歓喜させ多様さの花盛りであったとおもわされます。葛飾北斎さんを映画にすると様々な角度から描くことができ、さらに絵のその到達度と発想の変化球を追うだけでも観客はワクワクしてしまうとおもいます。

読み物、俳諧、川柳、錦絵、人形浄瑠璃、歌舞伎などそうそうたる創作者が輩出しています。そしてそこに観る側の庶民の熱気があったわけです。歌舞伎役者からファッションを取り入れたりもしました。もし当時の江戸の人が今の時代に飛び込んできたら、SMS!実際に観ないでどうするんだい、シャラクセイ!と言ったかもしれません。

映画『HOKUSAI』は、北斎さんが独自の<波>に到達し、80代半ばで弟子である高井鴻山を訪ね小布施に出かけ、祭り屋台に<波>を描くという<波>に力点を置いています。

同時代の人として、柳亭種彦を配置しました。種彦さんは武士であり、出筆に悩みますが最後まで自分の意思を通すということで悲惨な最期をとげます。実際には死因は不明のようです。

種彦さんが気になり『柳亭種彦』(伊狩章・著)を読み始めましたら、歌舞伎の中村仲蔵が斧定九郎のモデルにした人のことがでてきました。種彦さんは小普請組(こぶしんぐみ)に属していました。小普請組は泰平の世であれば、これといった仕事もなくすることがないので問題を起こす人もいたようです。

「小普請組の悪御家人、外村(とむら)大吉が、刃傷・窃盗の罪で斬罪になった話などその適例である。歌舞伎役者の中村仲蔵がこの外村のスタイルを忠臣蔵の定九郎の型にとりいれたことなど余りにも名高い。」とありました。

今月(24日まで)の文楽『義経千本桜』(伏見稲荷の段、道行初音旅、川連法眼館の段)を観て同じ演目でも歌舞伎との相違点から楽しませてもらいましたが、この定九郎も文楽と歌舞伎では全然違います。歌舞伎では「50両」だけの台詞ですが、文楽では定九郎は饒舌です。そして残忍で与一兵衛をなぶり殺しにするという憎くさが増す定九郎です。歌舞伎は役者がどう見せるかの工夫を常に意識することによって、変化してきたのでしょうが、あの文楽の早変わりの動きはいつからだったのでしょうか。

さて化政文化の中に鶴屋南北もいたわけです。この方も次から次へと当たり狂言を書いていきます。

桜姫東文章』はシネマ歌舞伎での印象が強く残りますが、南北さんの発想も奇抜です。ただ仇討ちやお家のためとなると、あの情欲におぼれているとおもわれた桜姫が、仇の血が流れる我が子を殺し、釣鐘権助(つりがねごんすけ)を殺すのですから、さらにその展開には驚きます。

葛飾のお十もお家のためとなれば喜んで桜姫の身代わりとなって女郎屋にいきます。とにかく仇討ちやお家のためならば、女性が身を売ることは美徳なわけです。当時はそうであったのでしょうが、今観ると何か南北さんの皮肉にもとれてきます。

自分から情欲におぼれていながら、最後は艱難困苦のはて目出度くお家再興を果たした桜姫というのが観ていて清き正しき桜姫の復活だと思えて可笑しかったです。桜姫は因縁を自らの手で封印してしまったのですから自立したお姫様ともいえます。

ただこれも役者で見せる演目だなあと改めておもわされます。仁左衛門さんと玉三郎さんという役者を得ての演目ともいえるのです。ただ時間が経てば新たな役者ぶりの演目となって化けることはあるでしょう。

そして仇討ちに違う見方を加えたのが明治、大正の『研辰の討たれ』で、現代によみがえらせたのが、『野田版研辰の討たれ』でしょう。

さて今上演中(23日まで)の南北さんの前進座『杜若艶色紫(かきつばたいろもえどぞめ)ーお六と願哲ー』のほうは、ドロドロとはしていません。亡霊もでてきません。

お六は見世物の蛇遣いの女性で悪婆ものと言われる役どころです。お六といえば、『お染七役』の土手のお六が浮かびます。蛇遣いお六は男勝りで、気の利かない亭主の義弟のためならと一肌ぬぐのです。そのことが回りまわって犠牲となった人のために自らの手で決着をつけるという、言ってみれば格好いい女性でもあるわけです。邪悪な女に見せておいて心根はそうではなかったのだと落ちがつくわけです。

この辺りは『東海道四谷怪談』のお岩さんの亡霊になって恨みを晴らすという設定とは違うところでもあります。こういうところも南北さんの多様な発想の面白いところです。

五世國太郎さんは、悪婆の國太郎と言われた役者さんで、今回は五世國太郎さんの三十三回忌追善公演でもあり、六代目國太郎さんがお六を演じられるのです。筋書によりますと、女形不要論の時期があり、五代目國太郎さんも不遇の時代があったようです。そして万難を排しての悪婆役への到達だったようです。

南北さんですから実はこういうことでしたという人間関係となりますが、途中で口上も入り、聴きやすい口跡で分かりやすく、その後の展開に参考になりました。的確な入れ方でした。

ここから物語に集中でき、國太郎さんの演技も光ってきたように思えます。お六がひるがえす裾の裏の模様が撫子で粋でした。

人間関係は次のようになります。

南北さんにしてはそれほど難解な人間関係ではありませんが釣鐘の苗字も使われています。そのほかにもあるのかもしれません。國太郎さんはお六と八ツ橋との二役で、おとしいれる側とおとしいれられる側の両方を受け持たれるわけです。

劇中では二人の次郎左衛門の名前がやはり重なるように仕組まれていて、南北さんの使う手だなとおもわせてくれます。さて佐野次郎左衛門(芳三郎)と八ツ橋(國太郎)の運命はいかに。このあたりの見どころも当然盛り込まれています。そしてお六(國太郎)と願哲(矢之輔)の関係はその後はどうなるのでしょうか。下手な口上よりも観てのお楽しみ。

南北さん、江戸庶民に親しまれていた場所を登場させます。風景は違っても今でも名前が残っている場所が多々あります。

最期の<日本堤の場>の舞台背景も、当時はこんな感じで見渡せる風景だったのであろうと思いつつ眺めていました。そしてここで立ち回りも入ります。

芝居の会話の中で三河島のお不動さんが出てきまして、今もあるのかなと思いましたら、前進座公式サイトの  劇団前進座 公式サイト (zenshinza.com)  「ふかぼり芝居高座」<ふかぼり番外 南北カンレキ>で現在の荒川区三峰神社の袈裟塚耳無不動であることを教えてくれました。三河島。南千住の隣駅です。いやはや呼ばれていますかね。

三峰神社 袈裟塚(けさづか)の耳無不動/荒川区公式サイト (city.arakawa.tokyo.jp)

山東京伝の黄色本にも書かれたようで、山東京伝さんも化政文化時代のお仲間です。

筋書に杵屋勝彦さんが中村義裕さんと対談していまして、杵屋勝彦さんは昨年「すみだリバーサイドホールギャラリー」で『2021年度第41回 伝統文化ポーラ賞受賞者記念展』での受賞者の方だと気がつきました。前進座と縁の深い方で、今回のお芝居でも邦楽での唄にお名前があります。これから観劇の方は音楽にもご注意ください。

ロビーでは「五世河原崎國太郎展」のコーナーもあります。

化政文化は庶民が参加してワイワイ楽しんで作り上げたもので興味がつきません。それにしても発信者側のそうそうたる方々の人数のなんと多いことでしょうか。

追記: 歌舞伎『ぢいさんばあさん』の原作、森鴎外さんの『ぢいさんばあさん』を読んだところ、引っ越してきた老夫婦の様子を周囲の人々が見て噂話をするような感じで書かれはじめています。甥っ子夫婦も出てきません。老夫婦は朝早くから出かけることがあり、それは亡くなった息子さんのお墓詣りに行くのです。赤坂黒鍬谷(くろくわだに)にある松泉寺です。このお寺赤坂一ツ木から渋谷に移転し今もあるようです。この老夫婦はわけあって37年ぶりに再会しますが、再会したのが文化6年でした。文化文政の化政文化時代に突入したときでした。ただそれだけのことですがインプットされました。

追記2: 志の輔さんの創作落語「 伊能忠敬 物語―大河への道―」が映画化された『大河への道』がいよいよ公開されます。伊能忠敬さんが隠居して自分の好きな道を突き進み歩き続けるのが化政文化の時代です。またお仲間がふえました。

追記3: 『名作歌舞伎全集 第二十二巻』に『杜若艶色染』が載っていまして(土手のお六)となっていました。「蛇遣いの土手のお六」ということになりますか。舞台を観ていたので読んでいてこの人はこうでとか浮かびますが、文字を立体的な動きのある舞台にするということは大変な作業だと改めて思いました。さらにどう役作りをし、それが観客にどう伝わるか。観ている側でよかった。

追記4: 映画『大河への道』(中西健二監督)期待以上でした。立体を平面にする作業。現代と江戸時代の二役のキャラの相違。笑わせて泣かせて。脚本家の加藤先生の執筆に対するこだわりが素敵です。忠敬(ちゅうけい)さんが出てこないのに忠敬さんがそこにいます。将軍に大地図を見せる場面、CGでも目にできてよかった。

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