えんぴつで書く『奥の細道』から(9)

出羽三山の羽黒山は現世で、月山は過去世、湯殿山は未来世と言われています。過去世は死の世界ということでそこから新たな未来世に生まれ変わるということのようです。浄化され再生されるということなのでしょう。

芭蕉は羽黒山から月山湯殿山へとたどり参詣し引き返しています。湯殿山神社の御神体については語ってはいけないという教えに従い「よりて、筆にとどめてしるさず。」としています。

月山に関しては厳しい道のりとなったようです。行者の白い装束を身にまとい強力の先導で雲か霧か分からないような状態の中を雪を踏みつつのぼります。「息絶え身凍えて、頂上に至れば、日没して月あらわる。」

羽黒山に拝した私は、月山に行きたいとその後で吾妻小富士、鳥海山、月山のツアーに行きました。月山は八合目までバスで運んでもらい、月山の頂上まで登れない人には、月山中之宮に御田原神社が鎮座してまして、月山神社の遥拝所(ようはいじょ)でもあるのです。ここでお詣りをしまして、その後少し紅葉の弥陀ヶ原散策を楽しみました。

八合目がこんな感じですから頂上は濃い霧の中でしょうか。ここから登るのだとおもったのでしょうか登山口の道しるべを撮っていました。

趣味悠々 おくのほそ道を歩こう』の黛まどかさんと榎木孝明さんは案内をしてくれる方とともにここから登られたのだとおもいます。

黛さんは三度目だそうで、前の二回は天候不良で断念したようです。三回目で黛さんの願っていたことが叶いました。芭蕉は月山で笹を敷いて篠を枕にして眠り、次の日湯殿山に下ります。その途中で桜に出会うのです。今まで目にしていたであろう桜に触れなかったのはこの山中での桜を強調したかったと勝手に想像しています。その桜との出会いを願った黛さんは月山登山の途中で会えるのです。

「これ桜では!」とみつけられました。

黛さんは、月山登山の『奥の細道』は少し誇張があるのではと思っていたようですが体験してみて実際に大変であることを納得されてました。ただ芭蕉は雪月花をキーワードとしてもいたので、それがそろった月山でもあったそうです。

森敦さんの『月山』を読みました。『奥の細道』を読んでいなければこの本を開かなかったでしょう。

庄内平野をさまよっている主人公の男が、豪雪で行き倒れとなるところを助けられその時月の山と遭遇するのです。月山に導かれるように注連寺(ちゅうれんじ)にお世話になり、そこの村人たちと交流し、村の知られざる伝説のような話を聞き、その村を去るまでのひと冬が描かれています。

森敦さんやはり『奥の細道』に関する本を出しておられました。『われもまた おくのほそ道』。

芭蕉は月山から湯殿山に下る途中で鍛冶小屋について書いています。

「谷のかたはらに鍛冶小屋といふあり。この国の鍛冶、霊水を選びて、ここに潔斎して剣を打ち、ついに月山という銘を切って世に賞せらる。」

鍛冶小屋跡が地図に載っています → 志津(姥沢小屋裏)口コース【中級】 | 月山ビジターセンター (gassan.jp)

そこに鍛冶稲荷神社があるようです → 鍛冶稲荷神社 (yamagata-npo.jp)

小鍛冶が刀つくりなら大鍛冶は。製鉄業をあらわすのだそうです。<小鍛冶と狐>、やはり相性の合う最高の組み合わせです。

追記: 

<吾妻小富士・鳥海山・月山>の私的旅はこちらで → 2015年9月26日 | 悠草庵の手習 (suocean.com)

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