本所深川の灯り (2)

吉良邸跡(本所松坂町公園)のそばにお休み処があり、そこには墨田区観光協会で出している小冊子が置いてある。よく調べていて興味深い資料である。

その他 芥川龍之介生育の地・葛飾北斎生誕の地・河竹黙阿弥終焉の地・三遊亭円朝旧居跡(この地で塩原太助一代記を書く)・山岡鉄舟旧居跡などなど歴史の足跡が沢山ある。

今度は都営大江戸線の両国駅から北斎通りをJR錦糸町駅に向かうのも良いかもしれない。途中 すみだ郷土文化資料館に寄るとまたなにか面白い発見があるかもしれない。

JR錦糸町駅南口には「野菊の墓」の作者・伊藤左千夫が酪農を営んでいた旧居跡に歌碑が立っている。また 近くに人形焼きの「山田家」があり、ここの包み紙には本所七不思議の絵が画かれている。

池波正太郎の鬼平が育った屋敷は竪川と大横川が交差するあたりの現・緑4丁目あたりらしい。実在した長谷川平蔵の屋敷は都営新宿線菊川駅の入り口そばで、小説の長谷川平蔵と住まいが違うそうで、その辺を探索するのも面白い。

本所深川の灯り (1)

本所は、江戸時代は南北は隅田川の永代橋から吾妻橋あたりまで、東西は錦糸町から墨田川あたりまで含まれるようでかなり広範囲に及ぶようです。

街歩きをするなら司馬遼太郎さんの「街道をゆく36 本所深川散歩・神田界隈」が良いかも知れません。物語性としては宮部みゆきさんの「本所深川ふしぎ草紙」でしょうか。

「本所深川ふしぎ草紙」は本所七不思議に絡めた市井の人々の生活を情感を込めて書かれていて、昔からの言い伝えには胡散くさい気分にさせられる事が多いが、この本の世界はその胡散くささを払拭してくれる新風がある。その風が黴臭さも払いよけてくれ改めて七不思議の存在を眺め直している。これは宮部さんのお手柄で、回向院の茂七を登場させる事によってその中心から別々に暮らしている本所の人々を七つの話で繋ぎさらに七不思議で重ならせるという解きはなれていながら繋がっている本所深川の世界をも立体化させている。

「片葉の葦」「送り提灯」「置いてけ堀」「落葉なしの椎」「馬鹿囃子」「足洗い屋敷」「消えずの行灯」

この一つ一つの話が立体的に本所の江戸地図の上に灯りをともしています。

JR総武線の両国駅の南側に両国観光案内所があり、そこで両国周辺マップをもらい回向院・吉良邸跡・勝海舟生誕の地そこから清澄通りへ出て江戸東京博物館を左手に旧安田庭園へ。庭園を出て国技館に向かう信号を渡ったところに見逃しがちだが舟橋聖一生誕の地で「花の生涯」の碑がある。国技館の前を通りJR両国駅へもどる。

 

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数奇な茶室「如庵」

浅田次郎さんの話によると、文学教室の開催された有楽町・よみうりホールの場所から有楽町駅にかけて阿波藩蜂須賀家の上屋敷があり、東京国際フォーラムのあたりには土佐藩山内家の上屋敷があったそうだ。

有楽町の名前は、織田有楽斎が住んでいたのでその名が町名として残ったようである。

有楽斎は織田信長の実弟で、織田長益と言ったが、剃髪してからは有楽斎如庵と号している。

「如庵」(じょあん)といえば国宝の茶室「如庵」である。

「如庵」は、有楽斎が京都建仁寺の正伝院を再興したときに建てた茶室で、その後各地を転々とし、今は有楽斎の故郷尾張に落ち着いている。

明治に入ってから京都祇園町の有志に払い下げられたが、その後東京の三井家本邸に移築され、昭和11年国宝に認定される。

さらに神奈川県大磯の三井の別荘城山荘に移築され、最後は名古屋鉄道の所有となり、現在の犬山市にある有楽苑内に落ち着き公開されているのである。

東京では日本橋にある三井記念美術館の中に、「如庵」の室内を再現しているので様子を知ることができる。また大磯の県立大磯城山公園に「如庵」を模した「山城庵」があり中に入れてくれるので、「如庵」の雰囲気を味あうことができる。

有楽苑で国宝ということで見てきてはいるが、じっくりと出会うのは模造の方で本物と偽者も解かるまでには時間のかかることである。いや解かったわけではなく「如庵」という国宝の茶室があるという事実を知ったにすぎないが。

「如庵」の前に見た犬山城のほうが感動し、犬山城からみた木曽川も勇壮で、どうもそのほうに心を奪われていたようにも思う。

 

佃島

佃島を少し歩きました。

佃島は、江戸時代初期に摂津国佃村(大阪市)の漁師たちによって開かれたところで、将軍に毎年白魚を献上しており、かがり火を焚いての白魚漁は江戸の風物詩だったようです。

住吉神社の祭神は大阪の住吉神社と同じで、3年に一度の大祭は昨年延期となり、今年は新しい宮神輿の担ぎ初めとなり盛り上がる事でしょう。

昨日はすでに大幟も立っていました。住吉神社の周りに大幟6箇所、獅子頭6箇所設置され、その獅子頭のもみ合いが8月4日にあり、5日、6日は新宮神輿の巡行があるようです。

駅に置いてあるチラシなどすぐもらってきてしまうので ↑ のような事が判明したわけです。

佃島の盆踊りは念仏踊りといわれ、難波歩きで同じ側の手と足を前後させます。7月13日~15日に行われますが、中央区明石町にある中央区立郷土天文館「タイムドーム明石」にいきますと、佃島盆踊りのビデオを見せて貰えます。もしかすると時期によってビデオの内容が変わるのかもしれません。

古風な簡素な踊りで、歌も同じ流れの繰り返しですが歌詞の違う歌が幾つかあって、それが念仏と関係あるらしくなかなか優雅です。

今は月島のもんじゃ焼きで有名ですが、佃の渡しのあった頃を思いやるのもいいものです。

明日まで銀座シネパトスで上映されている映画「如何なる星の下に」は佃の渡しや住吉神社等も撮られていて貴重な映像です。原作は浅草ですが、監督の豊田四郎が銀座の築地川の埋め立てられる前にと設定場所を変更したようです。

熱海にて

七夕が近づいて来たが、熱海のMOA美術館で「七夕祭」と題する浮世絵があった。作は奥村政信(江戸時代 享保年間1716~36)とあり記憶に刷り込まれていない絵師である。

絵は中央にお琴を奏でる娘とその上にと牛星と織女星が描かれている。説明には、七夕はと牛星と織女星の天文上の接近に因んだ祭りで同時に稽古事裁縫の上達などを願う年中行事とある。お琴を奏でる娘さんが大きく描かれているので、お琴の上達を願っているのであろう。どんな曲を奏でて願ったのであろうか。

熱海では<湯~遊~バス>を利用した。1日乗り放題(800円)で上手く使うと熱海の名所、旧跡等が無駄に歩かずに周る事が出来、途中の景色もよく、さらにお勧めが車中でボランティアさんの説明である。かつて著明人が好んで移り住んだ所でもあり耳新しい話が聞ける。坂の多い所なので重宝した。ただ一方方向に巡回していてお昼1時間半ほど走らない時間帯があるので要注意である。